『謎の独立国家ソマリランド』は政治的な本ではありません。冒険ドキュメンタリーなのです。
近年、欧米の威力が衰えつつあるに伴い、いろいろな状況が生まれています。また、そのような状況に鑑みいろんな観点からの本の出版があります。例えば、エマニュエル・トッド氏の『帝国以後』、『人類五万年文明の興亡――なぜ西洋が世界を支配しているのか』イアン・モリス著などなど。フランスの経済学者トマ・ピケティの書いた『21世紀の資本論』は、その渦中のアメリカでベストセラーになっているとか。『政治の起源』(フランシス・フクヤマ著)もおもしろそう。
つまり、この二~三百年、世界を導いてきた西欧民主主義、資本主義が曲がり角に来ているということ。このままこれらの概念に新しい息吹を吹き込むのか、あるいは全く新しいパラダイムを生みだすのか…、がどうやら現時点の問題らしい。2014年6月にアルカイダ系のイスラム過激派組織イラク・シリア・イスラム国が「イスラム国」の成立を宣言しました(ついこの間壊滅に至りましたが。)。また、西欧民主主義を体現していない「中国」が世界第二位の経済大国になっています。違う体制でも、人類は発展できるということでしょうか。
この本の帯に、『「今年最高の本」、「本屋さん大賞」と「講談社ノンフィクション賞」を受賞。「三冠制覇!」』と謳われています。わたしは、そんなことはどうでもいいのですが、上記の理由で、同じ帯に書かれている『西欧民主主義、敗れたり!!』に惹かれました。
もっとも興味ある「西欧民主主義、敗れたり!」の部分が書かれている最終章を読み終えて、著者の結論は論理的なものではなく、冒険旅行から得た感覚的な結論だと感じました。もちろん、わたしが違う方向性でこの本を読んだだけの話で、それは著者のせいではありません。感動的な物語だった、と言うことは確かです。
ソマリアは無政府の内戦状態にあり、日本政府の改憲の目的、集団的自衛権の議論にもしばしば現われる「海賊」の横行する海域にあります。その「西欧が国境を定めたソマリア」の一部、旧英領ソマリランドが勝手に独立しソマリランド共和国を設立しました。しかし、事実上は独立国家として機能しているものの、現在のところ国際的にはソマリアの一部であると見なされており、国家として承認されていません。
海外諸国・国連(国連はその存在は認めていると思う。)から国家として承認されていなくとも、そこでの生活は平和が保たれており(南部ソマリアは戦闘状態で武器を携行しないと歩けない。)、独自の通貨もあり経済的にも安定しています。学校もあるし、物資も海外から入って来ます。そこで、この本の著者高野秀行氏は、どのようにこの国が運営されているのかと興味を抱き、入国に必要なビザもないまま旅立ちます。だって、国と認められていないのだから、日本ではビザは手に入りませんよね。
著者は西欧諸国の民主主義に対して、ソマリランドの民主主義を「ハイパー民主主義」と表現しています。彼は、その土地にはその土地なりの発達の歴史があるので、西欧諸国で発達した「民主主義」そそのまま移植されても、反発されるのは必至であると記しています。わたしもその点は大賛成です。しかし、その他の独自の民主主義(アジア民主主義、アフリカ民主主義、イスラム民主主義など)が、今の世界の主流である西欧民主主義とどのように折り合いをつけられるかが問題です。なぜって、彼等は西欧民主主義以外の民主主義を民主主義をと認めそうにないもの。
著者の結論を言いますと、ソマリランドの民主主義は、氏族民主主義です。彼の言う氏族とは、日本で言う藤原氏とか平氏とか時代を下れば武田家とか上杉家とかいうもの。簡単に言うと、西欧の民主主義が「個人」を基に構築されているのに対し、こちらは「氏」というものを単位に構成されているということでしょうか。ソマリランドには憲法もあり、議会も日本のように二院制です。大統領も公選で選出される、立派な立憲民主主義国家です。
二院制のひとつは、グルティと呼ばれ、日本の参議院のようなもの(ただし、著者によれば日本の参議院より、よほどまっとう)。日本の参議院は、一応有識者からなるとなっていますが、グルティは氏族比例代表制です。氏族の規模に応じて議席数が決められます。アフリカにはもともと「国家」というものが存在していなかったので、国家の範囲と言うものがあいまいです。よって、国の範囲=参加氏族の範囲となります。とても理にかなった制度です。つまり、西欧に押しつけられた国家像に依らず、歴史の流れによる国の造りとなっていることが。
問題点は、西欧民主主義に慣らされている我々が、個々の権利ではない「氏族」の縦社会の原理をどう感じるかと言うことです。実際、個人とか自我とかいう概念は西欧諸国以外の国には馴染みのない概念だったとわたしは思います。日本が民主主義国家であるとは言え、個ではなく、「家族」とか「村」の意識が強い。それはそれで、「日本の民主主義」なのかなあと。つまり、社会の形態はどうあれ、「全ての人の自由が保障されること」が価値あることなのでは。西欧諸国の人々のすべてに対し、その民主主義により個人の権利や個人の利益を保障されているわけでもなさそうなので。
スピノザは言います。「もし人間が自由なものとして生まれついていたら、自由であるあいだは、ひとびとは『いい』とか『わるい』といったことについて、なんの概念も形成していないことだろう。」と。ヒトの存在自体は、何にも妨げられない「絶対的な」存在であります。それを何者かが恣意的な社会を創作し、ヒトはその恣意性に翻弄されているということでありましょうか。
冒険ドキュメンタリーの側面で興味を惹かれたのは、「海賊国家プントランド」です。ソマリアはだいたい、ソマリランド、プントランド、南部ソマリアに分かれています。ソマリア沖で海賊が横行しているという状況は御存じでしょう。その海賊行為を行っているのが、プントランドの漁民ということです。著者によると、ソマリランドは「天空の城ラピュタ」、プントランドは「リアルONE PIECE」、南部ソマリアは「リアル北斗の拳」ということ。
このそれぞれの地域を著者は探検するのです。と言っても、サハリ探検じゃないんですから、それぞれの国(著者は国と言っているのでわたしも国と書きます)の情報収集に奔走します。
そして、ソマリランドからプントランドへ。
著者が知りたかったことは、
★海賊行為を誰がやっているのか。プントランド政府はその取り締まりをしているのか。
★外国の裏社会との関係は
が、彼にはいまいちそのカラクリがわかりません。それで、
「海賊が外国船を捕まえる映像を撮れないかな~~~。」と聞いてみます。
すると、
「できるよ。」との簡単な答え。
「海賊を雇えばいいんだ。」と。
それから、海賊を雇うために必要な諸々の経費の段取りに話は進みます。そのあらましは、割愛。興味のある方は是非読んで下さい。
その他にも、著者が過酷な冒険をするために必要だった「カート(イスラムの覚醒剤。と言っても日本のビールのような必需品なのだ)」のことやディアスポラのことなど興味は尽きません。是非、一読を。
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