囲碁で対局の後に検討することは大事だ、ということは、重々わかっている。
でも、誰と?
同じような棋力の、「囲碁のイの字」もわかっていない者同士が、何を語る。先生のような存在の、信用・信頼している人なら、素直に教えを請おうというものだ。
そういう人は、なかなかいない。ただの上手(うわて)が対局後に、なぜわたしが負けたのかとか、どの手が悪いとか言い出すとムッカっと来る。それを、ウンウンと素直に聞いている人達がいる。なぜ?
ムッカと来るわたしが悪いのか?なんで、そんな「死者を鞭打つ」ようなマネができるのか、と。それに、負けた理由は本人はだいたいわかっているのだ。
で、先日のテレビの囲碁番組です。「検討」について話していた。リーグ戦のあとの検討はどう始まるのか…ということ。
ほぼ、負けた方から始めるという。勝った方は、負けた人がどういう心情でいるのかと推し測り、沈黙して見守っていると。どうしても「負け」から立ち上がれない敗者は、検討はしないで帰るという。
検討は敗者のためにあり、負けた理由を自分に言い聞かす時間、または納得する時間ーーーだそうです。
ならば、すぐ「なんのかんの」言ってくる人たちは、マナー違反の礼儀知らずではないのか。わたしが聞いてから言えよってもんです。
そんなわたしでも、スーッと入てってくることを言う人もいる。素直に「はいはい」と傾聴する。人の「心持ち」を慮る出来た人もいますよネ。
ということで、検討でなく「研究会」をする方がよいと思う。そんなことをわざわざする人はいないが。趣味なんですから。だから、日々私はひとりで研究に励んでおります。
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