先日英語のプライベート・レッスンのトピックはBBCニュースだった。先生がトピックを持ってくる番だったので、彼の選択であった。内容は、MITが編集出版している長く続いている科学雑誌があるが、2011年に有名なSF作家達に依頼して、未来のテクノロジーとそれがどのようにわたしたちの生活に実現あるいは役立っていくかということを書いてもらったというもの。
先生とのトークの間にわたしがSF小説好きだということがバレて、「一番好きなSF小説は?」と聞かれた。わたしが好きなSF小説家にフィリップ・K・ディックがいる。幸いなことに彼はディックのことを知っていたので、彼の作品で一番好きなものを答えた。『火星のタイム・スリップ』だ。
J・G・バラードも好きだが、「SFで」と聞かれた時はいつも『火星のタイム・スリップ』と答えることにしている。しかし情けないことに、ずっう~~~と以前に読んだので、内容をあまり覚えていない。ただ、「とても感動した」ということだけ、とても深く深く心に残っている。で、先生にそう言ってしまった行きがかり上から、もう一度読み直してみた。
おもしろいことに、文庫本の中にレシートをみつけた。若い時は栞代わりによく買った本のレシートを使っていたので、そのまま残っていたのだろう。63とあったので、1963年かと思ったが、わたしの歳を考えたらそんな筈はないだろう。それで「昭和か」と気付いた。昭和63年5月13日、440円で買っている。一気に一日で読んだ。
この本のあらすじなんて書かない方が良いだろうと思う。ディックの作品のあらすじなどを書くととてもハチャメチャなコミック本のようなものになってしまうからだ。彼の作品にはたいてい「精神的に問題がある」人々が出てくるが、この本も「例にもれず」である。
わたしは、彼の伝記本を持っている。伝記の類はキライだが、英語の勉強と思って(いくら英語の勉強でも興味あるものを読みたいよね)、購入した。まだ、半分くらいしか読んでいないが、その本の作者によるとディックは双子として生まれたようだ。彼の双子の妹は、幼い時に死んでしまった。ディックの方が健康で妹の方は病弱だったのだ。彼の母親は、母親として未熟だったようで、ディックの方を大切にしたので妹は衰弱死したらしい。ディックはそのことを幼い頃から自分の所為だと思い始めた。彼の作品にはよく「生まれなかった双子の兄妹」が出てくる。生まれなかった双子はもう一方の身体の中に宿っている。映画『トータル・リコール』にも出てきたように。そんなこともありディックは精神的に問題を抱えるようになった。最後にはドラッグ中毒で亡くなっている。作家によくある話ではあるが。
彼の作品には同様に精神にダメージを受けた人々が書かれている。というか、メインは大抵問題を抱えた人々だ。分裂病、自閉症、偏執、多幸性などなど。『アルファ系衛星の氏族たち』では、地球=アルファ星系の星間戦争の後、アルファ系衛星に取り残された病院の精神疾患を持った人々が活躍する。彼らは、星間戦争後その衛星に取り残された忘れられた存在であった。しかし、彼らはそこで独自の文化を築き上げる。そして、政治形態などなどを。そこに地球側が調査部隊を送り込む。そして、またまたハチャメチャな抗争が繰り広げられるという算段だ。
『火星のタイム・スリップ』では、自閉症の10歳の少年が重要な役割を果たす。その彼の最後は涙なしには語れない、なんて。わたしも泣いてしまいましたよ~~~、「歳のせい」もあると思うが。ディックが言いたいのは、「彼らこそ正常な人々である」ということ。つまりこの自然界からかけ離れてしまったストレスフルな人間社会では、「正常な人」なら正常な生活を送ることは困難だということ。こんな「人間らしくない」生活をなんの困難もなしにスムースに送れる人こそ「正常ではない」ということ。そんなところだと思う。この本に「精神病とは必要にせまられてなされた発明である。」という一節がある。この社会のシステムに同調できない人々を「精神病」という言葉に押し込めたのだ。
火星には「ブリークマン」という原住民がいる。例の如く、人間は彼らを差別する。しかし、この誰にも心を開かない自閉症の少年は、ブリークマンだけを「美しい人間」とみなす。ブリークマンのこんな会話がある。
「この子の考えは、わたしには、プラスティックのように見通しです。この子にも、わたしの考えが手に取るように見えるでしょう。わたしたち、二人とも囚人です。ミスタ、敵地にとらえられた。」
フィリップ・K・ディックは彼の伝記によると、「純文学の作家として認めてもらいたい」という願望を生涯持ち続けた。しかし、彼の作品はまぎれもなく「現代文学」だ。わたしは、そう評価いたしますよ。もうディックには聞こえないかあ。
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