2022年4月27日水曜日

我々は言語に制約されている

 

 


 

『あなたの人生の物語』    テッド・チャン著

 

SFです。この本は、だいぶ以前に購入して読みました。その時の感想は、「真に論理を志向している話だなあ。」でした。スタニスワフ・レムのよう。しかし、レムの方が面白いと。

 

8編の中短編から構成されています。巻末の解説によると、この8編が彼が書いたすべての作品のようです。「寡作とはいえ、水準以下の作品が一つもないのは驚きだ。」と。

 

純粋に論理を体現している学問は、哲学と数学だけだと思っているのですが、言語学もなかなかと思います。つまり、わたしは言語学が好きということ。なので、レムの作品とか(理解不能なほど難しいが)言語学者の小説『薔薇の名前』など、惹かれます。

 

そして今回またこの本に目が向いたのは、興味深いことを最近のニュースで知ったからです。「鳥語はある」というもの。小鳥博士の鈴木俊貴さんが2005年に研究をスタートさせ、シジュウカラの「鳥語」を突き止めました。

 

そのスタートから今日までに(20年弱)、約20の単語とその組み合わせで200パターンくらいのメッセージを解読したのです。文法が存在することもわかりました。それは組み合わせの位置によって意味が変わると言う意味です。

 

また、シジュウカラの言葉を別の種の小鳥も理解できるとわかりました。タカを表す単語の音声を流したところ、他の鳥が反応して逃げ出しました。

 

「人間だけが特別に高度ではない。小鳥も進化の過程で、彼らに適した言葉を持つようになった。それを理解することが生物の多様性を理解することにもつながります。」との鈴木氏の言。

 

哺乳類の言語は、時々話題になります。しかし、他の生物達も互いにコミュニケーションを取っており知性があるということです。以前『植物は<知性>をもっている』という本を読みました(植物は化学物質尾を分泌して他の植物に「近づくな」とか言っているようです。)。また、『タコの心身問題』もあります。

 

言語は、人間だけの特権ではないということを踏まえて、では、どうやって違う感覚の種の言語を見つけ出すのか。それが「言語学」です。エイリアンと遭遇した時、人類は「それ」が言葉を発しているのかをどうやって知ることができるのだろうかと疑問です。

 

この本の表題の「あなたの人生の物語」は、そんなお話です。

 


 

ある時、地球上に訳の分からない物体が出現します。多数の物体が世界中に。このお話は、その一つが飛来したアメリカのお話です。

 

高さ十フィートあまり幅二十フィートあまりの半円形の鏡に似ている物体。そこにエイリアンの姿が現れます。いつ現れるかはわかりませんが、定期的にです。そこで、政府は、物理学者とか言語学者、その他の学者に依頼して、彼等エイリアンとのコミュニケーションを図ります。

 

彼等は何故現れたのか?何が知りたいのか?をこちらのことは知らせないように探れと言うミッションです。何か取引できること、つまり、こちらの科学技術が発展するような何かです。

 

主人公は言語学者。彼女は何歳でしょうか。たぶん三十台前半と思います。そして、いきなり冒頭、まだ産んでいない娘の話から始まります。エイリアンとのセッションと娘の成長の過程が交互に記述されていきます。この娘が「あなた」の人生の物語です。

 

「何故、まだ産まれていない娘か?」は、エイリアンの言語と関係しています。エイリアンの言語の構造です。もちろん、地球の言語とは全く違います。

 

地球人同士なら言葉がわからなくても地球に暮らしている環境は同じ。見ている物もたいてい同じような物。これは何、これは何と単語を突き合せて行けば、分かり合えるというもの。

 

まったく異質なエイリアンの言語、それを言語学者である彼女が、突き止めていきます。

 

彼等の話し言葉と書き言葉は全然別の物である。例えば、日本人が日本語で話して、書くときは中国語で記述するというような事か?例が単純ですね。

 

記述されたものは、単語ごとに分かれていません。すべての話されたことがまるでイラストのように一つの塊となっています。何故そのような事が可能なのか。

 

そこで彼女は気付きます。彼等は最初から何が話されるのかがわかっている。自分が話すべきことを変更することなく話す。途中で自分の意志を入れると未来が変わってしまうから。最初からすべての全体像があるのだと。言語がそうゆう構造なのです。

 

 

彼等は、現れた時と同じように突然立ち去ります。が、彼らの言語を知ってしまった彼女は、その言語に囚われてしまう。

 

本から引用します。

 

<ヘプタポッドB(エイリアンの書き言葉です。)>で考えることを習得する前のわたしの記憶は、逐次的な現在の痕跡を残しつつ、ごくわずかずつ燃焼していく意識によって生成される煙草の灰のようなものだった。<ヘプタポッドB>を習得したのちの新たな記憶は、それぞれが数年単位の期間に相当する巨大なブロック群がばらばらと所定の場所に落ちてきたようなもので、順序だって到来したとか連続的に到着したとかではないものの、それらはすぐに五十年におよぶ期間の記憶を形成した。これは、わたしが<ヘプタポッドB>を、それでものを考えられるまでに習熟することを含む期間であり、フラッパーやラズベリー(彼女がエイリアンに付けた名前)との面談の最中にはじまって、わたしの死をもって終わる。

 

 

このエイリアン研究の間に彼女は相棒の物理学者と結婚しますが、彼との間に出来た「娘」、いつ生まれるか、そしていつ死ぬのか、その未来をも全部わかっている娘のお話なのです。




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