2021年3月5日金曜日

時代が進んで行くにつれリスクも大きくなっていくようなあ。。。

 



『パーキー・パットの日々』

 

ずいぶん前の話ですが、(たぶん56年前)新聞記事で見ました。「殺人ロボット」と呼ばれる自律ロボット兵器の禁止を話し合う初の国連専門家会議が11月に延期されたことで、人工知能やロボットを開発する企業の創業者や科学者がこれらの兵器の早期禁止を国連に迫る公開書簡を発表したというもの。

 

書簡では、「このようなロボットがいったん開発されれば、人間の理解を超えて戦い、紛争はこれまで以上の規模になる。パンドラの箱が開かれてら、閉じるのは困難。」と警鐘を鳴らしています。

 

最近、このような話は話題に上りますが、まだまだ深刻に取り扱われていないような感じがします。

 

また、ロボット企業の創業者である広瀬茂男東京工業大名誉教授は、「自動車の衝突安全技術が次々と搭載されているが、人を検知して止まれるなら、人を狙うこともできる。ソフトをちょっと改変すればAIがテロを起こす。」と、指摘しています。

 


 

こんな時代が来たんだなあ…、と思います。フィリップ・K・ディックが書いた短編小説を思い出しました。『SECOND VERIETY』です。

 

ロシアとアメリカが地球外の惑星で戦闘を繰り返しているのですが、アメリカ軍の方がこのような殺人ロボをこの戦いに導入しました。生き物をすべて殺せという命令を出して。アメリカ軍の兵士は、それに検知されないような器機を身に着けています。戦闘が長引いて、もうその惑星に数人の兵士しか存在しないとなったころ、一人のロシア兵士がアメリカ兵士基地の方に近づいてきます。その様子がいつもとは異なります。

 

アメリカ兵が外に出てみたところ、殺人兵器の様子がいつもと違っていました。アメリカ兵も見たことがない殺人ロボの登場です。自律ロボは自ら次世代のロボを作り始めたのです。2世代、3世代の殺人ロボの出現となります。そして、人と見分けが出来ないほどの精巧な第4世代ロボが現れたところで…、人類の運命や如何に……。

 

ディックは、1950年代から小説を発表しています。彼がこの短編をいつ書いたのかは、ちょっとわかりませんが、1970年代(?)くらい…。

 

興味のある方は、一読をお薦めします。早川書房のディック傑作集①『パーキーパットの日々』の中に収められています。映画化もされていますよ。





2021年3月4日木曜日

Once the Shore を読んで。。。

 

 


 

久しぶりに英語の本を読みました。『Among the Wreckage』は、Once the Shore という題名の短篇小説の2番目に納められています。25ページ程の長さです。英語の勉強をするために買いました。と言っても何でもいいからと選んだわけではありません。

 

わたしの方法は、新聞の書評欄で興味の惹く英語原作の本を選んで、アマゾンでオリジナル英語版を手に入れられるか調べるもの。ペーパーバックで適度な値段ならば購入します。たいてい日本語版より安いです。版権とか翻訳料とか…、でしょうか。書評は、2014年9月となっていますからずいぶん前に買ったんですねェ。その間に2回ほどトライしたと思いますが…、なんとなく読めなくて…。

 

評者はいとうせいこう氏です。『かつては岸』は韓国系アメリカ人のポール・ヤーン氏の著。短篇の8編からなります。全てが架空の島を舞台に繰り広げられています。済州島がモデルらしいとも。

 

つまり舞台はアメリカではなく韓国と言うことですね。年代は現代ではなくやはり(「やはり」とは、何かのイベントなければお話はつくれないと思うから。)戦前・戦中・戦後直の時。とは言え戦争のドロドロしたお話ではなく、淡々と描かれていながら幻想的な雰囲気を醸し出しています。『Among the Wreckage』もそんな感じでした。時代が時代だけに、日本とアメリカの存在がこの地にも影を落としています。

 



 

Among the Wreckage』の登場人物は主にBeySoniの老夫婦。書き始めはこんな風…、

 

EARLY ONE MORNING IN THE SPRING of 1947, a dark blue trawler, once used for fishing, moved slowly across the flat of the Pacific.  It had been abandoned by the Japanese on the banks of a river in Solla Island, and the old farmer named Bey had claimed it as his own. 

 

とても貧しい老夫婦で、これまでも辛酸を嘗めてきた人生。日本軍やアメリカにも虐げられ続けた人生と想像されます。

 

Two days had passed since they heard thunder and the trees shook as a cluster of long-winged planes stormed over their village.  When they rushed to the coast they saw what resembled a vaporous tsunami rise up in the east, whitening the midday sky.  And then the waves sped away, followed by a long echoing shudder.  They recalled the bombs of two years before and remained silent.  The noise faded.  The waves calmed, the air stilled. Their world returned to as it was before.(英単語はそんなに難しくないと思いますが、いかがですか。)

 

老夫婦は何が起こったかわかりませんでした。次の朝、行商人が村を訪れて事情がわかります。

 

The Americans, they were told, had been testing.  This had become common.  They targeted uninhabited islands.  It had been this way since the end of the Japanese occupation.

 

アメリカ軍は、無人島で爆撃実験をしていたようです。かつての日本軍のように。ただ、アメリカ兵は、そこを無人島と思っているだろうが、実際は漁場だった。そして、老夫婦の帰郷するはずだった40歳になる息子が、帰って来なかった。

 

They waited a full day for his return.  And when he didn’t come they set out to find him.

 

そして、老夫婦の船旅が始まるのです。Beyが手に入れたトロール船で。その船旅の中、彼らは自分の人生や息子との思い出を回想します。BeySoniは幼なじみでした。Beyが13歳の時、日本軍がやって来て天皇陛下の為のOFFERINGを求めます。Beyは、家族の為の食料を残しておいてほしいと頼みますが、銃の台尻で殴られます。その時、Soniは、彼の頭を庇って覆いかぶさります。Soniもまた殴られ前歯を折ることになりました。

 

その後、彼らは恋愛関係になりますが、その描写は興味深いです。日本兵に台尻で殴られたなどと陰惨なイメージを受けられるかもしれませんが、それはそんなにリアリスティックではありません。この辺りが、評者(いとうせいこう氏)が言う「淡々と物語が進む」と言うことでは。

 

She lost her front teeth. ---------------

 

When he first kissed her he slipped his tongue into that space where her teeth had been.  She pressed her other teeth together and surrounded his tongue.  In this way he filled a space.

 

彼らは、Beyが16歳の時に結婚します。結婚のセレモニーの次の日に、彼らは森に入ります。結婚のお祝いの品が森のあちこちに隠されているのです。それをBeySoniは探し当て、探すことが出来なかったお祝いの品の数だけこどもが授かることになっているのです。彼らが捜すことのできなかったプレゼントはひとつだけ。そして、彼らに息子のKaroが授けられました。

 

Soni gave birth to their son a year later, on the floor of their house.  Bey, along with his father, remained outside, facing the forest.  They heard her and the frightened pigs brushing up against the pen.  And then they heard the child.  The infant was given to Bey to hold.  He brought him close to his face.  From his skin rose the copper smell of Soni’s insides.  Bey licked his thumb and wiped away the stains across the infant’s head.  He had his mother’s nose, his father’s thick eyebrows.

 

ブタは、彼らの家の下で飼われています。1階が豚小屋で2回が住居になっています。台所の床の穴から残飯を下の豚小屋に落とし、豚の餌としているのです。

 

こうやって授けられた、大事な一人息子だったのです。息子のKaroは、成長するに伴い海を愛するようになります。彼は、長じて漁師となりました。海に出ると何カ月も戻って来ませんでした。

 

He left at the age of fifteen on a ship with mud-colored sails.  Bey and Soni stood on the riverbank to watch him depart.  Their son waved until the ship disappeared around a bend.  They stayed there, standing, long after the ship’s wake faded and the lanterns began to glow through the trees.

 




老夫婦のBeySoniは、ソラ島(韓国、済州島をモデルにしているとも)に住んでいます。貧しい農夫ですが、ある時日本軍が置いて行ったトロール船を手に入れます。そして、事件が起こります。戦後に駐屯したアメリカ軍が、無人島で爆撃訓練を行ったのです。アメリカ兵は知りませんでしたが、その付近は漁場となっていました。そして、長い航海から帰って来るはずだった老夫婦の漁師の一人息子Karoが、戻って来なかったのです。彼らは、トロール船に乗って事実を調べるために船出します。そして、この航海の中で、若き日の自分たちの事、息子の事など人生を回想します。

 

 

一人息子のKaroが漁師となって家にあまり帰って来なくなってから、老夫婦の生活に変化が起こります。

 

From that moment on, they would see him when time allowed it.  And all the days that had gone so quickly, slowed and lengthened.  Both Bey and Soni’s parents passed away.  It was the two of them now; and in each other’s company grew the overwhelming reminder of absence.

 

Beyはひとり野外で時間を過ごすことが多くなりました。Soniを家に残して。その関係は、ふたりトロール船で、状況を探りに出てからも続いています。彼らは無言で食事を取ります。

 

After some time, she said, “Do you think there are many?”

 

行商人は、「20隻くらいの船がその場にいた」と言っていたと、Beyは、思いました。わたしたちの村の人くらい居たと、Beyは、Soniに言ってやりたいと思いますが、「わからない」と答えます。

 

“He could have been inland,” she said, more to herself as she continued to look out at the sea.

 

Beyは、そうかもしれないと思います。

 

It was possible.  He could have been inland.  Bey thought it as well.  Who would not?  Karo was prone to wandering.  He liked to dock and see the town where he and his fellow crewmembers delivered fish.  He brought back stories and souvenirs for his parents: some fruit, simply because it had grown somewhere; woven bracelets for his mother, one she wore now, made from a strip of tanned leather; for Bey, a bamboo came that he hung up on a hook, refusing to use it.

 

Karoが漁師になって以来、彼と母親との関係は変わらないようでしたが、父親との関係は、薄くなっていったようです。Beyは、息子が少年だった頃に森で一緒に遊んだことを懐かしく思い出しますが、成長した息子はもう父と森で遊ぶ事には興味がなくなったようでした。Beyは、孤独を感じます。

 

そんなことを思い出している航海中、何かが現われます。大きな物体です。始めは鯨かと思いますが、それはアメリカ軍の船でした。パトロール船です。密輸業者を摘発する為の。Beyは、Soniを船底の小部屋に隠し、アメリカ兵とひとり対峙します。

 

The engine he heard was much louder than his trawler, it sounded as if a crowd were clapping, sharp and rapid.  He stepped out onto the deck.----, The patrol boat was American.

 

彼らはBeyがどこに住んでいるのか問いただします。キャプテンが質問し、兵士は銃口をBeyの方に向けています。

 

The translator and two soldiers were going to board.  The boat floated closer and the three of them hiked their legs up over the rails and stepped onto the trawler’s deck.  They wore black boots, laced up.  He had never seen boots before.  And the men: they were tall and their skin was peeling around the bridge of their noses; their eyes appeared bored, although their hands were alert, gripping their weapons.

 

アメリカ兵たちが去った後、Soniが船底から出てきました。そして、いよいよ問題の島に近づいてきました。

 

Before long the birds faded up beyond the clouds and the island appeared along the horizon, flat and dark.  It seemed at first to remain in a fixed distance from them.  Soon, though, as if they had somehow unlocked what held it, the land approached at a steady pace and they were able to distinguish the forest canopy.  Rising above it, like great balloons, was smoke.  Soon they smelled it, too, the scent of burning as the winds pushed against them.  By Bey’s guess, they were perhaps three kilometers away.

 

まもなく瓦礫が彼のトロール船を取り囲みます。彼は、まるで氷河の中を進むように瓦礫を押し分けて船を進めます。すると、Soniが海に飛び込みます。

 

Later, he would attempt to recall what it was exactly that caused his wife to jump overboard.  He remembered she stepped onto the rails and he rushed to her.  He held her arm, said, “Soni,” and she looked at him with an expression that was unrecognizable, one he had never seen.  It was hatred, he thought, and she swung at him and he felt her knuckles against the side of his face and he let go and she was no longer there.

 

彼が島に近づくとともに、瓦礫が増えて行きます。それは、樹であったり、布であったり、シャツ、脚、折れ曲がった足、腕…。その中にSoniがいました。しかし、視界が悪く彼はSoniを見失います。風が煙を吹き散らした時、島が見えました。

 

The wind grew stronger.  And the smoke, for a moment, dissipated.  It revealed the island, its blackened trees.  On the beach lay the remains of mats and keels like the spines of ancient creatures.

 

そしてSoniも見えました。彼女はドアくらいの大きさの板に坐っていました。そして、最後の節です。

 

Slowly, Bey descended the ladder.  His toes touched the damp wood and he felt Soni’s hand press against is back to guide him.  When he was settled, she pushed away.  The wood tilted and then gained control of their weight and the waves and they were soon adrift among the wreckage.  They kneeled and paddled with their hands, and their fingers turned cold and numb.  They worked in silence.  They kept low and remained under the haze of smoke.  When a body passed them they reached for the man.  Some they held by the feet, others by the arms, neck, or hair.  Whatever was closest.  They picked them as if for harvest.  The tide took them out to sea.  Their breathing grew heavy.  And, with all their effort, they pulled the floating men closer and lifted their still faces out of the water.

 

 

いかがですか。彼らの息子がどうなったのかの結論は出ていません。しかし、老夫婦は、息子が本当に事件に巻き込まれたのかどうかもわからずに、彼の行方を探し求めるのです。彼らの悲惨であっただろう人生は、このように淡々とまるで夢の中の世界のように描写されるのでした。

 

どこかで(忘れましたが)「日本にもこのようなテーマの本があっても良い筈だ」というコメントを見ました。日本の戦後から今までのアメリカ軍基地の問題です。そこで起った、あるいは起り得る悲劇を扱った小説のことです。我々はこのような事実が無いがの如く日々生活しています。コミックとかエンターテイメント小説では見受けられますが、正面からこの事実に向き合った小説はまだ見ていません。まあ、わたしの勉強不足と言うことでしょうか。

 

 


2021年2月13日土曜日

『暗黒のすべての色』





『サンリオSF文庫』はわたしの青春時代に創立された文庫ですが、すぐに廃刊となりました。1978年から1987年までのようです。この文庫は、特異な作家をフィーチャーするので有名で、その上、本の発刊期間も短かったので古本屋では高額で取引されていました。わたしも5冊ほど持っています。息子に高く売れるから相続後もむやみに古本屋に売らないようにと、言い渡そうとしたところ…、現在ではそうでもなさそうです。

 

先日、自分の本棚を眺めていました。その中にサンリオSF文庫を見つけたというわけです。なんで、サンリオSF文庫の本をまだ読んでいないんだろうと不思議に思い、ペラペラとページをめくるとなんだか面白そう。『暗黒のすべての色』。ロイド・ビッグルJr.のダーゼック・シリーズの中の一冊です。

 

それで、サンリオSF文庫は今どのくらいの値段で取引されているのだろうかと好奇心がわき、アマゾンで調べてみることに。なんと、100円以下でした。1円と書かれた本もありました。3000円から1万円で取引されていると言ううわさがあったのになあと。

 

他のサンリオSF文庫の本でJGバラードの『無幻会社』を調べたところ、300円程度。まあ、本で金儲けをしようとしたことが蛇道でしたね。

 


『暗黒のすべての色』は、SFです。1963年に書かれています。日本では1966年に刊行予定とされていますが、わたしが購入したのは1979年です。サンリオSF文庫の創立が遅れたのでしょうか。年代的にはフィリップ・K・ディックと同じです。未来のお話で、何年頃かはわかりませんが、宇宙に人類が行けるくらいの頃です。

 

お話は、潰れかけていたユニバーサル・トランス社がトランスミッターを発明し、そのおかげで経営を盛り返します。トランスミッターとは、転送機械です。物の運搬のために作られましたが、人の旅行にも使用されます。

 

人がドアを開ければ、その向こう側はロンドンとかパリとかと言うわけです。一瞬で好きな場所に行けます。もちろんその場所にユニバーサル・トランス社の駅があればと言うことですが。

 

それが、人の運搬の初日から、何人かの人が行方不明になりました。そこで、私立探偵ダーゼックの登場です。その会社は秘密裏に事を解決しようと私立探偵を雇いました。さて、この結末は……。

 

 

面白いことに、こんな機械が発明される時代であるにもかかわらず、彼らは未だに通信手段に「電話機」を使っています。交換手なども存在しています。昔のSF小説を読むと、こんなところもありますね。でも、そんなことも楽しみに、日々、昔むかしのSFを読み返しているのでしたあ。

 




2021年2月11日木曜日

文明に抗した弥生の人々

 



著者は寺前直人氏(駒沢大学准教授)です。この本は、明治期に弥生式土器が発見されてから、研究者たちが弥生時代をどうとらえていたかの変遷を追います。そして、西から来た文明が縄文社会を先進的に塗り替えていくという一面的な捉え方に異議を唱えます。

 

 

稲作の普及にともなって、人を殺すための道具やムラを守る施設が増えるが、一方で人間関係を緩和するための儀式も活発に行われていたということです。これは、「過剰な富がもたらす負の面を見抜いていたのである。」とあります。

 

富を得るための人々の葛藤やらなんやらのストレスですかねェ。

 

また、弥生中期に鉄や青銅が伝わったときは、武器にすれば殺傷能力が増し権威の象徴となるものを、あえて実用的でない形に変容し、武器としてはダサい石器を使い続けたと。そして、銅鐸。なぜ、あんなものを大量に作ったのか…、そんな成り立ちを丁寧に分析している本です。「出土品にある小さな痕跡から当時の人の心を読み解く考古学の底力」と評価されています。

 




そしてわたしの思ったことは、どこからか「文明人」がやって来たとき「未開人」は喜んでその「便利な道具」を皆ウェルカムしたわけではないという事です。返って「悪魔の道具」として退けたかも。

 

何年か前に、アマゾン川流域のまだ世間に知られていない部族が、航空写真で捉えられ、新聞の一面を飾っていたことを思い出しました。撮影された彼らは顔を真っ赤な顔料で塗りたくり、皆、槍を振り上げて怒り、飛行機に対して敵対の感情を表していました。

 

「文明人」は、彼らを文明の利器も知らない可哀そうな人々と言えるでしょうか。『ゾミア』という本を読んだ時も同様な感想でした。ゾミアとは、ベトナムの中央高原からインドの北東部にかけて広がり、東南アジア大陸部の五ヵ国と中国の四省を含む丘陵地帯です。そこに住む一億の人びとは、国家の圧力から逃れ文字も持ちません。しかしそれは、権力からの自由と自治のためなのです。

 

彼らは、初めから文字を持たない「原始人」ではなかった。文字を手段として民衆を縛る国家への反逆として文字を捨てたのです。文字は、誰が何を持っているか、そしてそのために税を幾ら払わなければいけないかなどを知る為の道具として使われ、人々を国家に縛り付けたのです。

 

この本もまた、「我々は何故このようにこの社会で生きているのだろうか。」と言う問い、疑問に応える、あるいは、考えさせられるものでした。






2021年2月9日火曜日

一言の願い

 




「はがきの名文コンクール」と言うのに、昨年応募しました。「一言の願い」です。奈良県御所市にある「一言主神社」に願い事を書くと言う趣旨の様です。


わたしが書いた文章は、


「偏見によるあらゆる差別をなくしてもらいたい。『女性』として生きてきて、理不尽な扱いを多く受けてきたが、ふと気が付いた。これは『文明』が始まって以来の長い歴史的なマインドコントロールなのだと。精神科学が発展してきている現在、その対処法も解明されていると思われる。一刻も早くこのマインドコントロールを解く学校教育の開始を祈願する。」


結果は落選でした。


しかし、最近のニュース。オリンピック森会長の発言です。彼の発言に対して、様々な批評が噴出しました。これをこのままなかったことにするな……という論調。世界の反応も大きいです。


時代は、少し変わったなあ、と思いました。今までだったら、そのまま見過ごされていた発言です。わたしも彼の発言を「このまま」スルーしないで、とことん追及すべきだと思います。それが、日本の体質を変える一歩となりそうな。。。感じィ。。。





2021年2月3日水曜日

知らぬ間に2月になっていた。

 




何故でしょう?今までは、「嗚呼、もう2月だあ~。」とか、感じていたのに。


今日の朝日新聞に「折々のことば」が掲載されていませんでした。「筆者がしばらく休養をとった後、再開します。」との事。ちょっと、残念。こんなこともあるんだあ~。


私、10年日記を付けています。空欄も多いのですが。それで、去年の同じころの「折々のことば」を見つけました。





「物事について考えを固めてしまわす、見えているものを疑うよう心を開いておけば、世界を眺める目も丁寧になる。」    ポール・オースター


米国の作家であるポール・オースターは、ラジオのリスナーたちの悲喜こもごもの体験談を集めた本を出しています。わたしは、その本を英語の勉強のために買いました。


「爆笑もののヘマ、胸を絞めつけられるような偶然。さまざまの夢、混乱。自分が答えを持つ訳ではない事柄に人は翻弄されつつ生きるのだから。」と。まさに、そんな人々の体験談でした。


しかしながら、私は、上記の「折々のことば」を違うように受け止めました。日々、「疑う事は大切」という私の信条。どんな場面でも、相手の言う事を疑って、自分で考えるのが一番。


囲碁をやっていますが、先生の言う事も鵜呑みにせず「疑ってかかる」のは、囲碁向上のために必要。また、私より高段者の言う事も、全部正しいわけではありません。

ノーベル化学賞をとった日本の科学者が、言っていました。「先輩の科学者が言う事、今まで書かれている論文、全てを疑う事が、新たな発見に通じる。」と。


感動するわあ~。