2025年6月26日木曜日

また本を買ってしまいそう~

 


『動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか』という本です。


動物はそれぞれ独自の感覚があります。イルカは超音波で物を感じることが出来るし、鳥は磁場を感じることが出来、大陸を渡ることが出来ます。犬の臭覚が鋭いということはご存じの事と思います。その他、昆虫には昆虫の世界があり、海の中では動物がそれぞれの感性で生きています。


量子論では、パラレルワールドは存在するのかという視点がありますが、この動物の感覚の違いから見ると、この地球はパラレルワールドだらけなのではないかと。



それぞれの生き物が違う地球で暮らしています。ひょっとしたらそれぞれの人間でも違う世界を持っているのかも。ひとつの場所に違う国が存在している推理小説があったような~。



なんて考えていたら、「買うかあ~。」と。







2025年6月23日月曜日

数独からの~


 

以前も数独にハマってしまったと書きました。何故なんだろうと。


考えたところ、確実に解答を得られるからじゃないかと。正解は一種類で、スパッと答えが出て、癒される。ストレス解消が半端ない。くよくよ感がなく、あっけらかんと思考を停止することが出来る。


答が出たらそれでお終いなので、何も得るところがないとも言える。脳トレにはなるが。しかし、絶対的に答えは一つなので、麻薬のごとく中毒になる。



囲碁であてどなく迷っている身には、スッキリ感がなんとも心地よい。そんな暇があるなら、囲碁に勤しめよ、とも言える。囲碁で答えが決まっていると言えば、詰碁だろうか。しかし、詰碁は囲碁ではないという言もある。藤井聡太さんも将棋と詰将棋は違うジャンルのものだと言っていた。


数独の代わりに詰碁に専心すれば、碁の対局には間違いなく役に立つとは思うのですが~~~。






2025年6月10日火曜日

『制度』としての結婚


 

なんて、たいそうなお題目です。この話は……、たぶん15年位前にUPしたと思います。英語の勉強中だったので、英文でUPしたかも。その後、『家族制度』という本の感想をUPした記憶もあります。


今回は、かる~~~く、と。




「女流棋士」という制度ができたのは1974年のことだ。ーーーという新聞コラムを読んで、思ったことです。


女性の棋士がなかなか排出されないことを受けて、女性だけの「土俵」を作ったというものです。ですから、女性棋士のリーグ、男性棋士のリーグがあるのではなく、男女のリーグと女性のリーグの二つがあります。


女性も初めから一般リーグに入ればよいのですが、それが難しい。で、今回女流棋士の編入試験の方法を新たにするとのこと。


そもそも社会の制度のほとんどが男性仕様になっているので、もともと女性には不利です。妊娠した女流棋士が体調不良で不戦敗にされたとかーーーのようなあ~。


このコラムの結論は、「本来将棋に男性も女性もない。邪魔しているのは、『何か』(『』はわたしが付けました)。」



そうです。制度です。そもそも制度とは何のためにあるのか。


それで、同性間では結婚できないという制度のことを考えてしまったわけ。「同性間の結婚を認める判決が出た。」とかの報道がありますが、ーーーなんで結婚しなければいけないの?と。


つまり、政府が結婚を制度化しているからです。基本的に結婚は個人の問題です。誰が認めても認めなくても、結婚はできます。


が、制度が認める結婚をしなければ、利益を享受できないということ。「家族」でなければ、享受できない利益です。税金、年金、社会保険、……面会権など。


一人一人の権利を認めてよ。マイナンバーも家族にではなく「個人」に授けられているのだから、一人一人を単位に福利厚生してよ~~~。






2025年6月2日月曜日

今日の新聞記事


 

朝日新聞に「特派員メモ」というコラムがあります。今日はメキシコシティでした。


地下鉄の車内で、お化粧をしている女性を3人見かけたとのこと。ある女性がスプーンを取り出したので、驚いてみていると、鏡をみながらスプーンをまつ毛に押し当ててカールさせている。


なぜビューラーを使わないかと尋ねると、

「スプーンだとなめらかで自然な曲線が作れるの。」とか。


スプーンがない時は、クレジットカードで代用できると。記者もホテルで試してみたようだが、結論は、「うまくいかなければ、別の方法を考えればよい。もっと柔軟に。ラテン国の心得を教わった。」でした。




ふ~~~ん、と思った。やってみようかな~。


わたしのまつ毛は短くて、マスカラやらビューラーのお世話になったことはない。短いのでビューラーはちょっと怖い。


スプーンの腹ならなめらかで恐怖心はわかないので―――試してみた。


「ふ~~~ん、いいじゃん!」、ってな感じ。まつ毛も少しは上を向いたようだ。







2025年5月27日火曜日

なかなか投稿できなくて~

 


今月は、まだ一回しかUPできていません。少々、時間が~~~。


どこかで、小説家は一日に1000字書ければ上等と読んだことがあります。毎日文を綴るのもたいへんですね。小説家と同レベルで語れはしないが~~~。


予告だけしときます。女流棋士からの~、『制度としての結婚』なんてね~~~。


また。






2025年5月14日水曜日

『羊式型人間模擬機』を読んで

 


『羊式型人間模擬機』

 

12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作です。著者が犬怪虎日子というのも怪しげな

様相。

  

男性が死ぬ時、その間際に羊に変わるという一族のお話です。そしてその羊が死ぬ間際に(だいたい三日後)解体し、一族で食する儀式があります。その解体し儀式を執り行うのが、一族に使える人間模擬機(アンドロイド)です。

 

不思議なソソラレル設定です。初めの章で、4人の兄弟姉妹が登場。現在の一族のメンバーで、まだ若く幼い人々です。

 

この一族は閉じられた広大な土地、屋敷に住んでおり外との交流はありません。この設定で『ゴーメンガースト』(マーヴィン・ピーク著)を思い出しました。内容は全く違いますが、変な登場人物と広大な閉じられた場所での日々。そして域内での冒険、そして外界への興味というところか。

 

また、「羊」とか「アンドロイド」というと『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック著)を思い出しました。こちらは、全く関連はありません。が、何か著者の中にあるのかもしれません。

 

話が始まる前の最初のページに家系図があります。はじめは何のことかわかりませんでしたが、徐々にこの一族の成り立ちが明らかになっていきます。これで、『百年の孤独』(ガルシア=マルケス著)を思い出しました。しかしながら、こちらはそんな壮大なお話ではありません。

 



このように四人の兄弟姉妹と遡る一族のエピソードが語られます。そして、お話の最後に祖父が亡くなる際、羊の姿になり、御羊様の最期の御殿造りと、解体の儀式に流れていきます。

 

いろいろなエピソードが語られますが、この個々のお話が最後に大団円とはならず、なにかはずされた感がします。しかし、羊の解体場面は圧巻です。これだけで一冊書けそうな気がします。

 

つまり、ひとつひとつのお話を掘り下げていけば、何冊かかけるのにと。(生意気ですが)。

 

 

最後にこの賞の選者たちの評が掲載されておりました。抜粋ですが…

 

 

東浩紀

力作であるのはまちがいない。しかし筆者は読むのが辛く自己満足にも思われた。

 

小川一水

文体の跳ねるようなリズムが好ましく、引き込まれた。結末はロボットによる自己言及で、本機と一族の来歴がかすかに垣間見えるようでいて、不可解。

 

神林長平

なんとも変な小説で、しかも内容や書き方がぼくの個人的な琴線に触れたので最高点をつけた。

 

菅浩江

とても好みの作品でした。語り口も世界観も、幻想文学に慣れている人にはうれしくなる類です。―――もっとテーマを押し出してほしかったという欲が出ました。

 

塩澤快浩

オリジナルティは評価するが、――――イメージの強さがプロットの弱さに勝っていないと感じられた。

 

 

以上です。

 

 

幻想文学好きの私とすればまったく好物です。が、話が中途半端な気はします。賞を取った作品はあまり興味がありませんが、本書は途中まで「こいつはホンモノだ!」と思ったので、次回作に期待します。

 


 



2025年4月20日日曜日

カンジが死んだ


 

数日前の新聞のコラムです。ああ~、死んでしまったかあ~。


わたしは、類人猿にとても興味があります。研究者になりたかったけど、京都大学に入らないと類人猿研究は無理と思い、京大も無理と思い、諦めました。


カンジはボノボです。体はチンパンジーのようですが、チンパンジーよりひと回り小さいのです。カンジはそのなかでも超天才のオスのボノボ。ちょっと追跡していました。


といっても、たま~~に載る新聞記事を読むとかですが。本としては三冊持っています。



最初に読んだのは、『ボッソウ村の人とチンパンジー』です。西アフリカの僻地の人とチンパンジーの生活の関わり方とお互いの生活の影響の研究です。この本では、チンパンジーということですが、ボノボとチンパンジーが区別されたのは後のことなので、どうかわかりません。


次は、『ピグミーチンパンジー』です。この頃は、チンパンジーよりひと回り小さいのでこう呼ばれていた訳です。後に、ボノボと言われるようになりました。チンパンジーとは、違う生活様式や互いの関係性について述べられたいます。


最後に、『人と話すサル「カンジ」』です。ボノボは、人とは遺伝子的には極めてわずかの違いしかありません。カンジはボノボの中では特別な存在でアメリカの研究所で生活していました。


独自のキーボードを背中に背負い、人とのコミュニケーションをとっていたのでした。複雑な文章も理解できました。「隣の部屋の冷蔵庫からジュースを持ってきて。」と言ったようなことや、「廊下に犬がいるから気を付けて。」という言葉には、恐怖心を見せたとか。


自分の意志も表現できました。「何々で遊びたい。」とか「何々が飲みたい。」とかの類です。ゲームで遊んでいたりもしたそうです。





1980年生まれ44歳で亡くなりました。子供がいたかどうかの記述はありませんが、「猿の惑星」は来なかったなあ~、と、思った次第でした。


合掌