2020年10月30日金曜日

科学と神秘

 



 

『137―― JUNG, PAULI, AND THE PURSUIT OF A SCIENTIFIC OBSESSION』、ARTHUR I.MILLER著。邦題は『137 物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯』。いつ買ったのか覚えていないので、奥付を見たところ、2009年にハードカバーが出版され、2010年にペーパーバックが出版となっていました。ですから、2010年頃に買ったのでしょう。英語版です。その頃は、ただ英語を勉強する為に「英語の本」を買っていたのです。しかし、勉強とは言え、興味がないものは読めないので「とりあえず興味ありそうなものを買ってみた」と言うところです。

 

ところが読んでみたもうたいへん。イントロダクションだけで・・・、ワクワクします。前回は2、30ページほど読んでいました。が、内容はまるっきり覚えていません。もちろん、どんな種類の本かは解説書などでわかっていますが・・・。わたしも成長したのでしょうか、今回は、内容がすんなり入って来ました。

 

パウリは、量子論で「パウリの法則」を導き出し、名を残した物理学者。ニュートリノの存在を予言し、その後ニュートリノが実験室で確認されるという偉業も成し遂げました。ノーベル賞受賞者です。ユングは言わずと知れた有名な心理学者。しかし、無意識レベルの心理を操る少々科学者らしからぬ所があります。そこで、何故、この二人の交友が始まったのかと言う疑問が湧きあがります。著者は、膨大なふたり間の書簡からこの謎を解き明かそうとします。なんと、ミステリアスなことでしょう!

 

 


パウリが31歳の時、彼はユングに初めて会ったようです。その時、ユングはもう名声を築き上げていました。26歳パウリより年上でした。その頃、パウリは量子論では解き明かせない「人類普遍の何か」に囚われていました。それが、「137」という数字です。ユングもまた、同様の疑問を抱いていました。その二人が出会うことによって、「化学反応」が起きたということですネ。ふたりの間で、何かの理論が形を取り始めたのです。

 

著者はこのように表現しています。

 

Nevertheless, his sessions with Jung convinced him that intuition rather than logical thought held the key to understanding the world around us.

 

---the means to break through and to develop new insights was to take a radically different approach and return to science’s alchemical roots.

 

しかし、パウリはこのような科学者らしくない考えを彼の研究者仲間に知られることを恐れました。ユングは偶然にもパウリの家の近くに住んでいたのです。彼等の関係は、先ずは患者と医者というところから始まります。それから、友達に、そして同じ思想を持つ者同志として、お互いの研究に相乗効果を生みだして行くのです。

 

また、本からの引用ですが、

 

Pauli realized that quantum mechanics---despite its grandeur, and in the fact of his distinguished colleagues---lacked the power to explain biological and mental processes, such as consciousness.  It was not a complete theory.

 

 

この本は、まさにわたしが思っていた「今の科学では解きえない何か」の存在を示唆するものと思いました。と言って、非科学的なことではありませんよ。科学が科学であるために、今までに置き忘れてきた何かを、もう一度科学によって取り戻すということです。今の科学には、まだ「何か」が不足しているということですか。

 

「超弦理論」やなにやかやで、宇宙の謎が解き明かされ、この世界がどうしてこのように存在しているのかがわかった時、今「超常現象」として「不思議」とされていることの謎も解き明かされるのではないかと、密かに期待しているのであります。

 

「講談師、見てきたような嘘を言い」・・・、ですね。

 



2020年10月24日土曜日

なんだかネェ~~~、

 




腸が溶ける。日常が溶ける。


下剤。日常が流れ出す。


わたしは、昇華する。






2020年10月10日土曜日

思いつくままに・7


 


中国共産党員は、9000万人を超えて、全人口の6%。


自民党員の数は、現在108万人だそうです。


全く関連のない数字ですが、この度の自民党総裁選で、ちょっと興味を持ったので……、

調べてみました。





2020年9月27日日曜日

私が、何故、この本を読もうと思ったのか。ということ。

 

 


これは読書感想文ではありません。なぜこの本を読もうと思ったかというお話です。

 

 GENE WOLFE    『PEACE』


私、囲碁を始めました。それゆえ英語への関心が薄れてしまいました。 それが、最近突然英語の本を読みたくなったのです。この本は、ずいぶん前に買いました。購入したジーン・ウルフの作品は2冊目です。

 

はじめて買った本は、『The Island of Doctor Death and Other Stories and Other Stories』という短編集です。メチャメチャ複雑でとらえどころのない内容でしたが、短篇ゆえになんとか読み通すことが出来ました。まあ内容は、SFファンタジー&怪奇小説と言ったところです。

 

なので、わからないなりに面白かったのです。そんな訳で、『PEACE』の書評を見た時に、即、買ってしまいました。



 

 

PEACE』は、1975年に出版されましたが、2012年にNeil Gaimanのあとがきが添えられて再出版されました。ですから、わたしもその頃に購入したのでしょう。読んだ書評は、この本の「日本語版」の書評です。

 

早稲田大学教授佐々木敦氏が書いています。国書刊行会から出版されていますが、国書刊行会の本はどれも不思議で魅惑的で大好きです。しかしながら、装丁が凝っていてお値段が高いのです。――わたしは英語版を購入しました。

 

 

佐々木氏の書評によりますと、

 

ジーン・ウルフは、まったくもって一筋縄でいかない作家である。日本でもマニアックな人気を誇る彼は、あえてジャンル分けをするならSF・ファンタジーの小説と言うことになるのだろうが、フィクションに、生半可な理解や納得よりも謎と混乱を求める、全てのすれっからしの読者に、過剰なまでの満足を与えてくれる。『ピース』は、ウルフが1975年に発表した比較的初期の長編小説である。

 

長編小説なのですねえ。なので、読み通すことが出来るかどうか、少々不安です。書評には、語り手の「ぼく」は、アメリカ中部の片田舎の街キャシオンズヴィル(架空の町)に独居する老人で、広大な屋敷内をうろつきながら、幼年時代の思い出をとりとめとなく、むやみと断片的に、だが濃密に回想するとあります。

 

だから筋のない曖昧模糊とした不思議空間の本なのでしょうと想像するところです。余計難しいね。――あせらずに少しずつ読んでいこうかなと、思っております。315ページありますが……。

 

 


 

2020年9月17日木曜日

今日の思いつくままに・・・⑥かなあ?

 




今日の新聞の下段の書籍の広告欄に『人新生の「資本論」』という本を見つけました。キャッチコピーは、「地球温暖化もコロナ禍も、ひと続きの問題だ。真犯人は資本主義!」


わたしは、昨今のコロナ禍や異常気象、その他もろもろの禍は、「地球の人口が多すぎる!」からだと、提唱します。


もちろん、資本主義の発展によって、人口が増えてとも言えるが。。。




世界の人口が70億人を超えたのは、2011年。その時は、「人口が大台を超えた!」と大騒ぎでした。わたしは、国際機関が、「地球の人口が70億を超えてコングラチュレーション!」と唱えたのに、びっくりしてしまいました。


え~~~っ、これ、おめでたいの?---と。息子にも、「おめでとうーと、言っとるよ~。これで良いの?」と言いました。


彼は、クールに「良くないでしょうねえ。」と申しました。


調べましたところ、2019年には、77億人。2030年には、85億人になるとの事。2050年で、97億、2100年で109億です。


人口が多くなったせいで、人々が地球上にあふれ出し、今まで人類まで達しえなかった、多くのウィルスが、人間世界に入ってきます。異常気象も、人が暮らすうえでのいろいろな負荷を自然が浄化できなくなってきたからと。


すべての生物の目的である「種の増加」とヒトはどのように向き合っていくのでしょうか。どのような結論が出されるのか、今後、興味深いです。







2020年9月3日木曜日

今日のニュース。。。思いつくままに⑤

 



ニュースを見ていたら、アザラシ(違う種類かもしれません)の今有?名な赤ちゃん(から、少し成長した奴)が、赤ちゃんなのにおじさん顔をして有名だったようですが、今、逆さまに浮いていることで、話題だと。

そこで、思いついたのですが、「文化とは何か?」。

食料を確保する時間からの解放が関与しているのでは。水族館の知的生物、イルカ、オットセイ、アザラシ、その他、タコも入れたいけど・……、

は、食料を自ら狩猟しなくても良い環境です。それで、持て余した時間を「楽しむ」ことに使っているのでは。

なぜ、逆さまに浮かんでいるのか?

ニュースの説明では、

「自分の影を見る」ためと。逆さになると、そこに移る自分の影が見える、見やすい、とか。


ヒトの世界でも、文化の勃興は、余剰生産、働かなくても良い階層が出来たからだと。


それが、何かと言われれば、まだ、考察半ばですが、思いつくままに……。





2020年9月1日火曜日

読書導入剤……思いつくままに

 




最近根気よく本を読むことが出来なくなって来ました。問題は、頭がちゃんと働く時間帯は、囲碁の勉強をしているからです。つまり囲碁以外の本は、夜ビールを飲んだあとに読むので、頭に入って来ません。そこでどうしようかと。

 


 



学生時代の本を読む習慣を思い出しました。学生の時はどうしても研究書とか専門書を読まなければいけませんでしたが、取っ付きにくいもの。それで、いつも、先ず推理小説や怪奇小説SFなどの本を2~3冊読み、その後にふつうの小説を読みます。そして、エンジンがかかって来た頃に学術書を読んでいました。

 

 

と言うことで、ビールで頭が働かない時に、いわゆるエンターテイメント小説をよもうと。そして、本を読む習慣を取り戻そうと。

 

そこで購入したのが、『クリーピー』です。本のカバーが西島秀俊、竹内結子、香川照之だったのです(映画化の時の配役)。これなら買ってすぐに読めそうだと直感。

 

 

読み終えました。「クリーピー」と言うのは、虫が這いまわる…、転じて「気味が悪い」とか「背中がぞくぞくする」と言ったような意味です。「虫唾が走る」と言うことでしょうか。主人公のお隣さんが、いつの間にか入れ替わっていた(ようだ)という設定です。映画は見ていませんが、そのお隣さんがたぶん香川照之なのでしょう。そして、過去の未解決殺人事件と現在の連続殺人事件の絡み合い――です。

 

ミステリーなので、あらすじを書くのは難しいですが、感じたことは、この頃のこの手の小説はほんとに「過激」だなあ、と言うこと。たいてい複数人が殺されますし、殺され方も「半端じゃない」…よね。これでもか、これでもかと、恐怖をたたき込むのは何時頃からの流行でしょうか。。。

 

 

著者は、前川裕氏です。2011年、第15回日本ミステリー文学大賞新人賞をこの本で受賞したとありました。新人らしくちょっと文章が熟れていないところがありますが、スラスラと読み進められます。解説によりますと、この手の作品は「変格探偵小説」と呼ばれるそうです。「本格探偵小説」との対比です。

 

謎解きよりも怪奇幻想性やエロ・グロ、SF的要素になどに比重を置くものと定義されていました。1920年代の「変格探偵小説」群は、現代日本のエンターテイメント小説に多大な影響を与えているとのこと。江戸川乱歩、夢野久作、久生十蘭、小栗虫太郎、国枝史郎などの著作者の名が挙げられています。

 

これを読んで納得です。これらの作家の本は、わたしの本棚の定番です。高校生時分からの愛読書。わたしがスーパーの本屋さんで『クリーピー』を手に取ったのも正しい選択だったと言うことでしょうか。

 

 

その後の作者の著作は、『アトロシティー』(2013年)、『酷 ハーシュ』(2014年)が刊行されているようです。「本書を気に入ったかたは、ぜひご一読を。」と解説の最後で推薦されていますが、わたしが読むかどうかは、どうでしょうか。またのお話です。