2023年8月7日月曜日

今日の出来事


 

蜘蛛を殺してしまった。壁を這っていた蜘蛛を。蜘蛛は殺してはいけないと言われていたが、家が古くなるにつれて、蜘蛛が横行する。いつもは、殺さないが、今回は、壁とブラインドに二匹いたから。


ムカッとしてしまった。


ゴキブリのように新聞紙を丸めて叩けば死ぬかなあ~。そもそも、蜘蛛は叩いて死ぬんだろうか。




叩いてみた。死んだ。少し壁が汚れた。ティッシュで拭き取る。汚れは消えた。


蜘蛛を殺した。大丈夫だろうか。不吉な事は起こらないだろうか。


楳図かずおの『蜘蛛おんな』を幼い時に読んでから、蜘蛛は偉大だ。蜘蛛が女の子の口の中に入って、体中が蜘蛛に占拠されるという話だ。女の子は生きているが、口から蜘蛛が始終這い出す。そして、最後に皮膚を破って、無数の蜘蛛が這いだす。


何も起こりませんように・・・。




2023年8月4日金曜日

今日の感想。

 



老年期に入って、無難に人生をマトメて行こうとしていましたが、今日、ミュージック・ステイションを見ていて、


もう一度、ぶっ飛ぼうかなと、思いました。


ファッション的にですが。目立つファッションを試みるのは、エネルギーが必要。


やってみます。。。(この読点には、躊躇がみえるなあ~。)





2023年7月23日日曜日

自然界は人の知らないところでつながっているのだァ~。

 



『超・進化論』を読んで

 

わたしは、すぐ虫に喰われる。たくさん人が居るところでもわたしだけ喰われる。ゴミ出しのため、庭を歩くと、3~4個所は刺された跡が残る。その道中で、草むしりをしたり邪魔な木の枝を切ると、樹液が出てわたしを襲う。

 

きっと、彼らは自分を傷つける「わたし」に復讐しているのだ。という妄想は、あながち間違ってはいなかった。

 


 

本書は、「植物と昆虫、微生物」の共存共栄のシステムを説いたものです。以前、『植物は<知性>をもっている』と『昆虫はすごい』を読んだ時、ものすごく刺激を受けました。その時点では、まだ想像の域をでなかった事柄が、今回、研究あるいは研究技術の進歩によって実証されつつあります。

 

主に、わたしは、「動かない静かな植物が、実は活発に活動していて、ヒトとは別種の<知性>を持っている。」ということに興味があります。植物は、しゃべっている、感じている、つながっているという事。

 

例えば、彼らは化学物質を放出することで、まわりの植物に「近づくな!」とか「危険!注意しろ!」と知らせている。また、根に付く菌類によって近くの植物に栄養を供与し、お互いの生存を促しているとか。

 


 

1章は、植物。第2章は、昆虫。第3章は、微生物。という構成です。それぞれの章の終わりに、研究者へのインタビューもあり、とても興味深いです。

 

豊田正嗣さんは、「植物の刺激への反応を可視化したとき、鳥肌がたった」と述べています。植物、葉っぱを触れられた時、「今、触られている!」という信号を他の細胞や組織に伝達しています。

 

研究技術の発達で、このことを可視化する事に成功しました。「切られた!」ということもその植物全体で共有しているようです。「撫でられたから、愛されている。」とは、思っていないようですよ。返って成長が阻害されるようです。

 

ハイディ・アペルさんは、「植物は昆虫が自分の葉をかじる音を『聞いている』。」と述べています。植物は、「音楽に反応する」と言った人間の思い込みより、もっと自分に重要な情報に反応しています。昆虫、風、雨粒などの環境の音です。

 

それらの情報から自身を守っています。昆虫からの防御などは、齧った昆虫を特定してそれに合わせて、防御物質を作り出しています。わたしたちの免疫物質のようなものです。

 

高林純示さんは、「植物の『おしゃべり』を解読する」と言います。虫に葉を齧られたとき、植物はその虫の天敵を呼び寄せて退治してもらいます。そのようなシグナルを送っているのです。または、「襲われている!」と隣の木にシグナルを送り、あらかじめ対処するように促します。それを立ち聞きしている他の植物もいます。

 

虫と植物のコミュニケーションを研究することによって、農薬を使わないで作物を育てることもできそうです。

 

タミル・クラインさんは、「森の木々は地上で競争し、地下で手を握っている!」と指摘しています。

 

木々は、地上では栄養を得るべく、太陽の方に枝を伸ばして陣地争いをしていますが、地下では、光合成の能力の低い植物を助けているのです。植物の根から根へ栄養を運んでいるのが菌根菌です。

 

 

こうして、森全体が共存共栄しているのですねえ~。そのバランスを壊しているのがヒトであるという事実もお忘れなく。無理な伐採で、森のツナガリを奪っていきます。

 

 


2023年7月12日水曜日

今日の一言



今朝の「折々のことば」です。


もしもきみの愛が愛として相手の愛をよびさまさなかったとすれば……きみの愛は無力であり、一つの不幸である。

                        ーーーカール・マルクス


マルクスがこのような事を書いているとは知らなかった。また、読んでみようかなと、思った。


人は貨幣の力で、いろいろな物や地位、権力を手に入れることが出来る。しかし、愛と信頼は愛と信頼からしか得ることが出来ない。お金と交換は出来ないのだ。


もし他人に影響を与えたいとか、何かを得たいと思うなら、自分自身が他人に対し、「現実に魅力的で、他の人にひしひしとせまるもの」を持たなければならない。


そうなの。だから私は努力していワケなの。自分を向上させておかなければ、才能ある人に振り向いてもらえない。刺激を受ける誰かに会うことが出来ないのよ。



関係ないけど、エピソードをひとつ。


学生時代、マルクスの全集を持っていて、読めそうにないから売っちゃおうかなと。大学の近くの古本屋に持っていったら、

「ご主人の本を勝手に売ってはいけないよ。」と言われた。


そんな時代だったんですネ。女は哲学書なんて読まないよ、




という……。



2023年7月10日月曜日

今、読んでいる本。


現在、読んでいる本は、


『超・進化論』

『チベット幻想奇譚』

『サラゴサ手稿』

『最後に鴉がやってくる』

です。


こんなに読みかけの本があるのは、少々理由がありますが、また新たに本を買ってしまいました。

『言語の本質』です。


『超・進化論』は、植物、昆虫、微生物がいかに人類の進化に寄与しているかということ。人類は、進化のトップにいるかの如く振舞っていますが、たいへん不遜な事だということ。

以前感想文をUPした『植物は<知性>をもっている』とか『昆虫はすごい』とかの内容からもっと研究が進んだ成果であります。

この本に関しては、もう少しで考えがまとまりそうな気配です。



『チベット幻想奇譚』と『最後に鴉がやってくる』は短編集です。あちらを読んでは、またこちらという風に、行ったり来たりでまだ最後まで行き付きません。


『サラゴサ手稿』は、奇想天外な物語、全3巻です。初めての全訳ーーーというキャッチに惹かれて買ってしまいました。まだ、一巻目です。オモシロイです。


全て読みかけですが、なんとかいつか感想をUPしたいです。




2023年6月30日金曜日

絵を飾る。


父が他界して、少々の絵画を残しました。大した価値があるものでありません。でも、バブル期に購入したものなので、当時は価値はありました。その中に、北川民次の絵がありました。油絵はそれでも少々の値段が付きましたが、版画とかは、2~3千円程度のものです。


それで、その中の数点を貰いうけました。寝室に飾ってみました。初めのうちは、ルンルン気分で、感動しておりましたが、その内……息苦しく……。


彼の絵が耐えられません。健やかに安眠を得る場所で、なにか重苦しくて。毎晩彼と対峙しなければならないからです。値段は安くても一流の画家の絵です。そこから発散されるオーラは偉大でした。


それで、絵を玄関の脇に移しました。あまり目に触れないように。



やはり良い絵は、絵を見るぞ~、という覚悟で臨まなければいけませんネ。美術館に行くとか(しかし、周りに人がいると疲れるが)。自宅に絵を飾るだけの部屋があればいいけど~~~、そんな贅沢は出来ません。


という事で、寝室には海外で買った絵ハガキを数枚飾りました。モロッコです。絵ハガキとして売れるくらいのプロの写真ですから、ステキです。迫っても来ませんしね。




2023年6月28日水曜日

歴史

 

わたしの興味は、「何故、この社会がこのようになったのか。」ということ。人はどうしてこのような社会の仕組みを選んだのか。


現在、ヒトは生まれた時から「貧富」があり「権力を持つ者と持たない者」がある。これは、いつから始まったのだろうかという疑問だ。


だから、日本で言うと「奈良時代」くらいまでしか、歴史には興味はない。神道が構築され、天皇の権威が定着したころ。その後は市民革命も起こらず、権威は維持され続けている。


その前はどうなの?と。


この前、新聞で縄文時代のことを読んだ。縄文時代は富の蓄積がまだまだ困難だったので、人々の生活にそんなに差はなかったとのこと。部落の民の人口も少なく、互いの生活にそうストレスはなかったと。


また、部落と部落の距離も近くなかったので、部落間の闘争は少なかったようだ。武力闘争による部落間の優劣もなかったので、人が人を支配するという関係も少なそう。


その後、弥生時代から様相が変化してくようだ。農業の発達による富の蓄積とか、貧富の差とか、それに寄る権力の発生である。どうも、この頃が境目のよう。

また、2~3日前の「折々のことば」には、このような事が書かれてあった。


「ある時から人類の社会は……逃げられる社会から逃げられない社会へと、生き方の基本戦略を大きく変えた。」


数千万年続いた高等霊長類の遊動、離合集散の生活を人類は約一万年前に放棄したと。定住を開始したことで、環境汚染とか疫病、ヒト間の確執などをもたらした。遊動することで解消されていたこのような事から、人類は逃れられなくなった。

そのようなストレスフルな状況から、ヒトは儀礼や禁忌や掟の体系を造らざるを得なくなったと。


このような禁止事項から外れることが、外道なのであり、人の道から外れる事なのだ。「ならず者」の誕生となる。


そんな事ですよ。