2022年5月21日土曜日

自分の顔

 



1998年から2007年まで、日本や海外で英語を勉強していました。日本の英会話教室の一コマです。


先生が、自分の顔は家族の誰に似ているか?、と質問しました。英会話の授業なんだから適当に similar to とか look like とか使って文章を言えば良いのだけれど、


わたしの答えは、


朝起きて歯を磨くのに鏡を見ると、そこに映る自分の顔は、時に父に、時に母に、時に兄に見えます。父に見える日は、一番憂鬱です。滅多に自分の顔は見えません。


今思うと、なんてバカな事を言ったのだろうと。先生も困ったでしょうね。でも、父の顔に見える時が一番嫌だ。と言ったときは、笑いが取れましたよ。


しかし未だに、朝、自分の顔が鏡の中にあると幸せを感じます。




2022年5月20日金曜日

地政学

 


政治現象と地理的条件との関係を研究する学問。と、広辞苑にありました。


つまり、今回のロシアのウクライナへの侵攻は「地政学的に見ると」と説明されている事からの妄想です。

大国に挟まれて歴史的に常に凌辱されている国々。たくさんあります。

それでいつも思い出すのは、『日本辺境論』という題の本です。日本が「辺境に存在する事」にある意味です。ある学者が、(名前を憶えていないのですが、日本人が古代に舟で大陸から渡ってきたことを証明する実験をしている人です。)以前「世界の端にいるのは、一番弱い種族である。」と言っていました。



一番強い種族が一番良い陣地取りをする。そして、追いやられた種族が2番目に良い所に留まる。ということが続いて……、一番弱いものが一番端っこに追いやられます。日本もあとは海しかないですからね。


この「弱い」は一番劣っているという意味ではありません。戦いにむいていなかったということです。


イングランドに追いやられたスコットランドやアイルランドのことも思ってしまいました。とりとめもない感想でした。





2022年5月14日土曜日

今日の反省

 


たいてい、毎週木曜日と土曜日に棋院に行って対局しています。


そこで、相手が嫌な奴だと、気持ちが萎えてきて、たいてい負けます。「嫌な奴」とは、無理手を打つ輩です。そこを堪えて、冷静に打つべきなのですが、・…・…如何せん。まだ人間が出来ていない。


今月のモットーである「冷静沈着」を唱えてみるものの、頭に血が上ってしまいます。


という訳で、今日も散々でした。








2022年5月3日火曜日

自制心、止めました。


 

囲碁の話です。


4月のモットーとして、『自制心』をあげましたが、ダメでした。「自制心、自制心。」と、対局中に心の中で唱えると、ついつい弱気になってしまいました。強く攻めるところで、守りに入ってしまいます。



で、今月のモットーは、


冷静沈着・全集中。


そして、形成を判断して、良いとわかっても「あそばない」こと。ついつい、研究の成果を試してみようと変なことをしてしまいます。ちゃんと、冷静に「戸締り」をします。


でもね~、忘れちゃうんですよネえ。


あとは、無理手を打たれてムカついても、shit!と思わずに「冷静沈着に」を忘れない事。


今月の目標は、以上です。




2022年4月29日金曜日

今日の一句

 



咲きもせず


五月になるや


チューリップ




2022年4月27日水曜日

我々は言語に制約されている

 

 


 

『あなたの人生の物語』    テッド・チャン著

 

SFです。この本は、だいぶ以前に購入して読みました。その時の感想は、「真に論理を志向している話だなあ。」でした。スタニスワフ・レムのよう。しかし、レムの方が面白いと。

 

8編の中短編から構成されています。巻末の解説によると、この8編が彼が書いたすべての作品のようです。「寡作とはいえ、水準以下の作品が一つもないのは驚きだ。」と。

 

純粋に論理を体現している学問は、哲学と数学だけだと思っているのですが、言語学もなかなかと思います。つまり、わたしは言語学が好きということ。なので、レムの作品とか(理解不能なほど難しいが)言語学者の小説『薔薇の名前』など、惹かれます。

 

そして今回またこの本に目が向いたのは、興味深いことを最近のニュースで知ったからです。「鳥語はある」というもの。小鳥博士の鈴木俊貴さんが2005年に研究をスタートさせ、シジュウカラの「鳥語」を突き止めました。

 

そのスタートから今日までに(20年弱)、約20の単語とその組み合わせで200パターンくらいのメッセージを解読したのです。文法が存在することもわかりました。それは組み合わせの位置によって意味が変わると言う意味です。

 

また、シジュウカラの言葉を別の種の小鳥も理解できるとわかりました。タカを表す単語の音声を流したところ、他の鳥が反応して逃げ出しました。

 

「人間だけが特別に高度ではない。小鳥も進化の過程で、彼らに適した言葉を持つようになった。それを理解することが生物の多様性を理解することにもつながります。」との鈴木氏の言。

 

哺乳類の言語は、時々話題になります。しかし、他の生物達も互いにコミュニケーションを取っており知性があるということです。以前『植物は<知性>をもっている』という本を読みました(植物は化学物質尾を分泌して他の植物に「近づくな」とか言っているようです。)。また、『タコの心身問題』もあります。

 

言語は、人間だけの特権ではないということを踏まえて、では、どうやって違う感覚の種の言語を見つけ出すのか。それが「言語学」です。エイリアンと遭遇した時、人類は「それ」が言葉を発しているのかをどうやって知ることができるのだろうかと疑問です。

 

この本の表題の「あなたの人生の物語」は、そんなお話です。

 


 

ある時、地球上に訳の分からない物体が出現します。多数の物体が世界中に。このお話は、その一つが飛来したアメリカのお話です。

 

高さ十フィートあまり幅二十フィートあまりの半円形の鏡に似ている物体。そこにエイリアンの姿が現れます。いつ現れるかはわかりませんが、定期的にです。そこで、政府は、物理学者とか言語学者、その他の学者に依頼して、彼等エイリアンとのコミュニケーションを図ります。

 

彼等は何故現れたのか?何が知りたいのか?をこちらのことは知らせないように探れと言うミッションです。何か取引できること、つまり、こちらの科学技術が発展するような何かです。

 

主人公は言語学者。彼女は何歳でしょうか。たぶん三十台前半と思います。そして、いきなり冒頭、まだ産んでいない娘の話から始まります。エイリアンとのセッションと娘の成長の過程が交互に記述されていきます。この娘が「あなた」の人生の物語です。

 

「何故、まだ産まれていない娘か?」は、エイリアンの言語と関係しています。エイリアンの言語の構造です。もちろん、地球の言語とは全く違います。

 

地球人同士なら言葉がわからなくても地球に暮らしている環境は同じ。見ている物もたいてい同じような物。これは何、これは何と単語を突き合せて行けば、分かり合えるというもの。

 

まったく異質なエイリアンの言語、それを言語学者である彼女が、突き止めていきます。

 

彼等の話し言葉と書き言葉は全然別の物である。例えば、日本人が日本語で話して、書くときは中国語で記述するというような事か?例が単純ですね。

 

記述されたものは、単語ごとに分かれていません。すべての話されたことがまるでイラストのように一つの塊となっています。何故そのような事が可能なのか。

 

そこで彼女は気付きます。彼等は最初から何が話されるのかがわかっている。自分が話すべきことを変更することなく話す。途中で自分の意志を入れると未来が変わってしまうから。最初からすべての全体像があるのだと。言語がそうゆう構造なのです。

 

 

彼等は、現れた時と同じように突然立ち去ります。が、彼らの言語を知ってしまった彼女は、その言語に囚われてしまう。

 

本から引用します。

 

<ヘプタポッドB(エイリアンの書き言葉です。)>で考えることを習得する前のわたしの記憶は、逐次的な現在の痕跡を残しつつ、ごくわずかずつ燃焼していく意識によって生成される煙草の灰のようなものだった。<ヘプタポッドB>を習得したのちの新たな記憶は、それぞれが数年単位の期間に相当する巨大なブロック群がばらばらと所定の場所に落ちてきたようなもので、順序だって到来したとか連続的に到着したとかではないものの、それらはすぐに五十年におよぶ期間の記憶を形成した。これは、わたしが<ヘプタポッドB>を、それでものを考えられるまでに習熟することを含む期間であり、フラッパーやラズベリー(彼女がエイリアンに付けた名前)との面談の最中にはじまって、わたしの死をもって終わる。

 

 

このエイリアン研究の間に彼女は相棒の物理学者と結婚しますが、彼との間に出来た「娘」、いつ生まれるか、そしていつ死ぬのか、その未来をも全部わかっている娘のお話なのです。




2022年4月20日水曜日

コミュニケーション

 

いつもの『折々のことば』です。


喋って解決するような物事は世の中ひとつもありません。喋れば喋るほど紛糾するのが世の中です。    <渡辺京二>


解説は、


人は何でもかんでもペチャクチャ喋る必要なんかなく、人の賢さも人柄や「たち」も、たとえ使う言語が違っても一目で見抜けるものだと、日本近代史家は言う。意が通じることと、言葉を巧みに使いこなせることは同じでないと。たしかに、「口達者」ばかりが大手を振るような社会はどこか軽い感じがする。


おっしゃる通りです。基本的にはネ。哲学で留まっていたら、そうだと思いますが、現実の社会ではそうは行きません。


と言うのは、この頃、コミュニケーション能力は確かに必要だと思っているからです。世の中いろいろな人がいます。「一目で見抜ける」人ばかりではありません。いろいろな段階の人がいる事、それが「人類繁栄」のために人類が選んだストラタジーだと考えています。


いろいろな事をする、いろいろな仕事に就く、いろいろな人に会う。そんな局面では、やはりコミュニケーションです。



最近、いわゆる「お笑い」の人達が、いろいろな場面で活躍しています。俳優、作家、絵画etc. それから、企業の販促の講師とか、新入社員の教育とか。それは何故か。彼、彼女たちは、訓練、教育されているからです。話すことの。


もうひとつ、昨今のウクライナ情勢。何故このように全世界的に問題になるのか。ひとつにはウクライナ大統領の発信力と思います。彼もまた俳優で言葉のプロです。


ですから、わたしは、学校で小さい時から発言能力を育ててもらいたいと思います。英語の授業でディベートをするなら、国語の時間でもディベートをしなよ、と言いたい。発話力プラス発音力も教えてもらいたい。


日本語の発音、どういう風にしているのか説明できますか?上海にいた時、わたし、中国人に教えてもらいました。中国、その他の国では、発音が重要らしい。が、日本語はどんな発音でも通じてしまいます。何かの本で、それは日本語は漢字があるからだと言っていました。話しながら頭の中に漢字が出てくるのでどんな風でも理解できると。


話がズレてしまいましたが、とにかく、妄想力を拡げる『折々のことば』でした。


余談ながら、

わたしは、約十年間英会話教室や海外の英語学校で英語を学んでいました。そこでは、英語のほかに、「話すこと」を学びました。