2022年1月25日火曜日

わたしの料理からの…思いつくままに。




 

料理と言ってもたいしたことはしません。すべて30分以内に作ります。煮物以外ですが。作ってすぐに食卓に来てもらいたいので、息子には、「今から晩御飯を作ります。」と警告を発していました。「できたよ~。」と言うと、「そんなに早く作るな!」と言っていました。


もうひとつ、わたしは、晩御飯に白いご飯を食べません。おかずは、ですから、ビールに合うもの、ワインに合うもの、日本酒に合うものです。「おつまみみたいなものばかり作るな。」と息子に言われながらも…。わたしが料理しているのですからネ。


それから、ブームがあります。一度、ミスタードーナツのオールドファッションにハマって、朝ご飯はいつもオールドファッションでした。大量に買って冷凍保存です。だいたい半年くらい続きました。


今、朝ご飯は特にブームはありませんが、ひとつのものが一か月くらいは続きます。たいていは、バン食です。サンドイッチであったり、イングリッシュマフィンであったり、米粉パンだったりです。




晩御飯も、今は自分だけですから、好きに作っています。そうすると、同じものが続くことに。つい最近までのブームは、サバの缶詰です。トマトとピーマンと茄をコンソメで煮て、仕上げに鯖缶をそのままぶち込みます。味付けは鯖缶のみです。ああ、黒コショウを挽いてかけます。


十年ほど前大病をしてから、どういう訳か、お刺身とかお寿司を美味しいと思わなくなりました。肉もです。嫌いという訳ではありませんが。でも、ハムとベーコンとソーセイジは食べます。


今の流行は、塊ベーコンとキャベツとトマトその他ネギとかキノコ類を40分程煮込んだものです。味付けはコンソメと塩と黒胡椒。


その他、あさりの缶詰で野菜を煮ると言うのもあります。また、キャベツとピーマンを炒めて、アンチョビの缶詰で味をつけるもの。


結局、缶詰ですネ。だから、30分もかからず晩御飯が出来るわけです。




2022年1月14日金曜日

『折々のことば』からの……思いつくままに


 


いつもの朝日新聞のコラムです。


「時間はこれを使うことによってしか忘れることができない。」 シャルル・ボードレール


解説;

時間と言う観念や感覚に押しひしがれないためには、二つの対処方法しかない。「われわれを摩滅させる」快楽、もしくは「われわれを強くする」仕事だと、フランスの詩人は言う。時から解き放たれるには恍惚と集中、つまり我を忘れることが必要だということ。ただしこの二つは両立しない。だから「選ぼうではないか」と。



全くその通りと思います。いつも書いているように、「自分が死ぬことを知っていて生きている生き物は、ヒトしかいないのだから」。

つまり、時間を常に意識して暮らしているわけです。大いなるストレスです。だから、時間を忘れる事、すなわち生きていることを忘れる事が必要。

わたしが考えるに、この「快楽」とは、アルコールとか薬物とか。あとは、時間を忘れるほどの仕事を集中してすることです。

たまたま、自分の天職だと思える仕事を見つけることができた人は幸せです。たとえ儲からない職業でも。

わたしも彫金という仕事を得ることができました。「時間を忘れて没頭する」という言葉があります。その通り。気が付くと夜だったということが日常でした。

しかし、仕事が終われば時間が流れます。そして、そのことを意識しなくても済むくらいの天才ではなかった。

そしてまた、才能ある人々は、時間に気付かず、自分自身を消耗し、死んでいくのでしょう。


と考えると、どこに「幸せ」があるかは、わかりませんね。




2022年1月4日火曜日

『変な家』読めました。

 


 

『変な家』

 

年末に新聞広告でこの本の事を知り、購入してしまいました。アマゾンで買うと11日に配達とあり、お正月から配達してもらうなんて申し訳ないなあ~、と思いつつも。

 

考えてみると、56年前までは、「お正月巣籠」などと称して本を67冊買っていました。結局は、34冊しか読めなかったのですが。現在、囲碁に夢中で読書をする機会が徐々に減ってきたということです。

 

それでもこの本を買ったのは、広告に「間取り」が書いてあったからでしょうか。部屋の「間取り」を見るのがひとつの趣味なのです。その間取りが変だという「お話」。広告の内容を読むと、「ふ~ん、確かにおかしな間取りだ。」と、興味を持ってしまいました。

 

実は、この本の広告を見ることは、これまで23回ありました。初めは、不動産関係の本なのかと。こんな変な間取りの家に騙されて買ってはいけません、というような警告本かと。しかし、サスペンス・ホラーらしい。

 




『変な家』は、エンターテイメント小説らしく、すぐ読めそうだなと思ったのも買った理由のひとつです。実際には、1231日に届きました。想像通りすぐ読めそうで、12日に23時間で読めてしまいました。よく言えば、引き込まれた……と言うことですか。

 

読みやすかったです。物理的にも。文字が大きくて、行間が広くて、年寄りに優しい作りです。サクサク読めたのは、戯曲のように会話で成り立っているからかも。戯曲なら場所設定とかのト書きがありますが、それもないです。

 

アマゾンの書評欄に「もう少し、人物描写があれば……」と言うのがありました。その通りと思います。ひとつのプロットがあって、それがそのまま述べられている感じです。が、そのプロットが面白いので、読めます。。。

 

変な間取りからの想像で、ここでどのような事件が起こったのかを解き起こす。その想像の事件がオドロオドロしくて、奇妙奇天烈です。「想像した事件」が本当に実在するのかというところが、ミソです。

 

結論は言わない方が良いと思います。が、「すぐ泣いてしまう」わたしは、泣いてしまいました。年末のテレビドラマの再放送、再再放送、再々再放送を見ても泣いてしまうわたしですから、まあ一種の浄化作用です。

 

面白いプロット、その「筋」だけで書かれた本です。飾りが何もない。『タンゴ・イン・ザ・ダーク』を思い出しました。この本も書きたいことがひとつあって、それだけのために他の飾りをくっつけたと言った感じでした。

 

しかしながら、その「書きたい事」は圧巻で、長編にしなくてもそこだけ書いて終っておけば良いものをと思った次第です。

 

『変な家』の著者は雨穴さん。この方の第二弾を期待します。素晴らしいプロットとそれを引き立てる表現力を!




2022年1月1日土曜日

新年好!で、思いつくままに。

 


今年も新たな一年が始まります。


年末に、ふとした弾みでアマゾンで本を注文してしまいました。1月1日に配達とありました。元日から配達してもらうなんてモウシワケない、と思いつつも。


が、31日大晦日に来ました。いずれにしろ申し訳ない事には変わりはないのですが。


で、思い出しました。以前は、「お正月お籠り」とか言って、本を数冊…5冊くらい…買っていたことを。読めるのはせいぜい3冊くらいでしたが。


いつから買わなくなったのかなあ~。たぶん囲碁を始めてからです。本を読む時間がなくなったから。読書に集中できません。早く本が読めるほどの余裕が出来るくらいの棋力が欲しいものです。





で、本ですが、『変な家』です。新聞広告で見て…、たぶん2~3回見ていると思うが…、今回は、なんか、なんかが、引っ掛かったんでしょう、買ってしまいました。お正月からホラーを読むか~、とも思うけど。


エンターテイメント小説のようなので、気楽にと。ワクワクしています。


それなら、早く読みだしなよ~、と思うけど、


もうひとつ、久しぶりに元日の朝から飲みだしています。両親が歳をとり、朝から「お祝い」をすることが出来なくなり、元旦は「素面」でした。それから、昨年のお正月はちょっとした病で、アルコールを禁止されていたので、今回はリベンジ「お祝い」です。


ワインを飲んでいます。と言うのも、昨年、おせちは頼んだのですが、それが、「ワインに合うおせち」のビストロおせちでした。が、アルコールは飲めず……。これまた、リベンジです。


と言っても、理性は保っています。まあ、例年より少なめでお開きにします。


今年もよろしく!




2021年12月29日水曜日

『折々のことば』からの………思いつくままに。。。



折々のことば(朝日新聞のコラムです。)


不知為不知、是知也、   孔子


「知らざるを知らずと為せ。これ知るなり。」


自分はこういう世界、このような問題があることをこれまでずっと知らなかったのかと、愕然とすることがある。「知らないことは知らないとする、それが知ることだ。」。限界や輪郭を知ってはじめて人はおのれの知のありようを知る。謙虚という徳が知恵の裏張りをなす。


『論語』からです。(金谷治訳注)



最初にこの言葉を読んで、わたしは解説にあるような哲学的な思考を持たず、もっと卑近な例を思ってしまいました。というのは、「知のありよう」等という哲学的言葉ではなく、


そうだねえ~、ほんと、自分が知らないことを自覚しなければ、碁の対局に勝てないなあ~、って。


つまり、自分は何でも知っていると思っている人に「進歩はない。」という事。何を知らないかとわかったこと自体が、進歩なのである。知らないことを「知るところ」までもっていかなくても、もちろん「持って行った方」が良いが、それだけで、一歩前進したのだ。


と思いました。


そして、わたしは、その知らなかったことを解決すべく日々努力しているわけです。努力している間に、また知らないことが湧き出してきますが。


自分に知らないことがあると知ることは、偉大な事です。


話はズレるかもしれませんが、いつも感じていることです……、

「何を悩んでいるのかがわかれば、悩みは解決したも同然。」


何かに悩んでクヨクヨしている時は、徹底的に「わたしは、何を悩んでいるのだろうか。」と考えます。たいていは、極くだらない事、悩んでも解決できない事、等々。それを知ったら、後は無視して「悩みは解決した」と同然……では?


ストレスもそうです。何かにストレスを感じている時、何がストレスになっているのだろうか?と考えると、自ずと解決します。


そんな妄想回路でした。





2021年12月13日月曜日

戸籍から犬神家の連続殺人事件を探る……という事です。



 


『犬神家の戸籍』

 

 

ご存知、横溝正史の『犬神家の一族』、―――この怪奇な連続殺人のドロドロ劇を冷静に「戸籍」の観点から分析しています。著者は遠藤正敬氏。専門は政治学、日本政治史です。「戸籍」というものにこだわりがあるらしく、著書は、たいてい「戸籍」という単語が入っています。

 

わたしがこの本を読もうと思ったのも「戸籍」に興味があるからです。ナチュラルボーン・フェミニストとしては、「戸籍」はまさに差別の温床と思われるから。遠藤氏も同じ意見のようです。

 

もうひとつ、もちろん推理小説のファンだからです。と言って、私、横溝正史の本は一冊も読んでいないことに今回気付きました。映画やテレビドラマでこれでもかとばかりに流れていたので、すっかり読んだ気になっていたのでした。

 

『犬神家の一族』も石坂浩二さんの金田一耕助から古谷一行の金田一耕助、その後の現代的バージョンの金田一まで、フルバージョン見ている気がします。

 

 

さて、原作を読んでいないわたしとしては、映像の『犬神家の一族』しかわからないのですが、それぞれの監督の思惑として細かい部分が改変されているらしい……。政治学者としての遠藤氏はその辺のところに「疑問アリ」のようです。というのは、第二次世界大戦の前と後で「戸籍制度」が変化しているから。ですから、この事件が民法の改正前に起こったのか、後に起こったのかで遺産相続の状況が変わって来ます。

 

『犬神家の一族』は、家長のワンマン佐兵衛がとんでもない遺書を残して亡くなったことにより起こる連続殺人事件の顛末です。

 

先ず、佐兵衛は、天涯孤独の身。両親が誰かもわからず、孤児として育ちます。という事は、彼の戸籍はいつ作られたのか?彼の系譜も不明です。そして、彼は一回も結婚をしていません。三人の娘がいますが、それぞれの母親が違う婚外子の子供達です。そして、その配偶者はすべて婿養子。ここで、戸籍に関連して嫡子・庶子の問題、養子の定義等々が浮上します。

 

「本編の遺産を巡る連続殺人事件」にこれらの戸籍問題はまったく関連してこないのですが、科学系ではよくある「ウルトラマンが現実の地球に現れたらどんなことが起こるか。」とか、「ドラえもんのタケコプターは、現実にはどうなるか。」とかの人文科学系版と言えますか。

 


 

私事ながら、今年の初めに父が亡くなりまして、遺産相続の煩雑さに辟易しました、父の生まれた時からの戸籍を揃えなければいけなかったのです。

 

98歳でなくなりましたので、その間のです。しかしながら、あまりの古さに最初の2~3年の戸籍は廃棄されていました。その分がいるなら、廃棄されたという証明書をもらう必要がるという事でしたが、なんとか「無し」で済ませてもらえました。

 

その膨大な戸籍にはいろいろな情報が入っています。その情報は一般に公開されていたようです。民法の改正により徐々に誰でも見られるものではなくなってきていますが、まだまだ問題も有りそう。

 

「夫婦別姓」が議論されている(されているか?)昨今ですが、なぜ、「戸籍」が必要なのかという問題も国会で議論してもらいたいものです。

 

 


2021年12月11日土曜日

今日の一冊 ②


『かざる日本』です。


毎週土曜日は、新聞に読書欄、本の紹介があります。『かざる日本』は、その紹介の中の本ではなく、下段にある本の広告欄にありました。


「この世ならざるもの」を招き寄せ、日常を異化し、聖化するーーー<かざる>という営みには、私たちの心をざわめかせる不穏な力がそなわっている。美術・工芸はもちろんありとある領域に分け入り、<かざり>の術式を解明する。


と、ありました。




「日本の美」は「様式美」です。ほんとに日常的なものを様式化し美術にまで昇華させます。海外の旅の経験により、日本のこだわりというものに気が付きました。


少し話はズレるかもしれませんが、ハワイ島でコースターを買ったとき、「包みますか?」と聞かれたので、「そうですね。飛行機で帰るので包んで貰った方が安心かも。」と軽い気持ちで頼みました。日本と同じようにさっさっさとすぐ包んでくれるだろうと思ったのです。


それが、新聞紙に無造作にぐちゃぐちゃと包まれて、6枚のコースターを包むのに10分くらいかかりました。現地の友達にも何を頼んでいるのだと言わんばかりに、睨みつけられました。


そうなんだと、日本のこだわりって、こんなことなのだと。


この本に興味が湧いたもう一つの理由は、この頃、本を読む根気が薄れてきたので、こんな、綺麗な写真が載っていそうな本を、フワリフワリと眺めていたら幸せかも……と。


章立てには、


組紐

室町将軍の座敷飾り

石清水祭の供養神輿


などなど、あります。


一興でしょうか。