2013年8月13日火曜日

『ヒトの変異』  アルマン・マリー・ルロウ

『ヒトの変異』  アルマン・マリー・ルロウ





著者は、ニュージーランド生まれ。国籍はオランダ。ニュージーランド、南アフリカ、カナダで少年期を過ごし、カナダの大学卒業後、カリフォルニア大学で博士号を取得。この本は何の分野に入るのでしょうか。ロンドンのカレッジの進化発生生物学部門リーダーを務めると紹介されています。





彼がこの本で一番言いたいことは「総ての人がミュータントである」ということだと思う。「第一章ミュータント―――はじめに」で、「わたしたちはみなミュータントなのだ。ただその程度が、人によって違うだけなのだ」と記載している。



以前からこのブログでも主張しているように、人は自分が正常だと思って生きているが、多かれ少なかれ異常なところを持っていると思う。わたしが一番気に入っている話は、わたしの創作だが、『友達のさかなのペット』である。友達は珍しい魚をペットとして飼っているが、一匹だけとても凶暴な奴がいて他の魚を傷つけていると嘆く。わたしは、その魚が悪いのではなく、脳が傷ついているのかもしれないと言う。



近年、科学の進歩は目覚ましく、今までわかっていなかった事が徐々に証明されてきている。共感覚の人がいることや発達障害の子供の事、性同一障害など。これまでは、単なるその人の個性と思われてきた事が、実は彼等にはなんの責任もない遺伝的障害だったのである。人間社会がこれ程発達しなかったら、彼等も少々変わった人として認知され、彼等の真実は発見されず、「友達のさかなのペット」のように訳もなく批難されていたかもしれない。



日常生活には支障はないが、やはりおかしいという事もある。見過ごされているケースだ。例えばこの本で紹介されている例で言うと、肋骨が余分にある人は成人十人に一人、内臓逆位で生まれる人は八千五百人に一人。また、何らかの遺伝的障害によって発達が抑制されたり、逆に大きくなりすぎたりした事例のない器官はほとんど一つもないと述べられている。「筋肉が余分にあっても気がつかないからか、仮に気がついたとしても気に病むほどのことはないからか、記録はされていない」と。



また、祖先から代々変異遺伝子を受け継いでいても、劣性遺伝であるため表面には現れず、そのまま次世代にまた伝えている可能性もある。つまり、人間の完璧なゲノムなど存在せず、生きているほとんどの人がなんらかの変異(ミュータント)を持っているという事だ。





この本では、人が母親の胎内で胚からどのような過程を経て人になるかということが、とても丁寧に詳しく記載されている。わたしが述べていることは絶対的に正しいのだと言う押し付けがましさもなく、とても控え目で真摯だ。遺伝子がどんなに繊細な働きをして、わたしたちの体を作り上げていくのかが、すばらしく「美しく」語られている。これを書くためにどれだけの文献を精査したのだろうかと、素直に驚きと尊敬の念を持ってしまうほど。







次回につづく・・・・・。





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