2013年8月13日火曜日

HUMAN――第2章

第2章 投げる人





現在地球上にいる70億人の人類は、アフリカにいたある女性から生まれた共通の子孫であると言われている。今から6万年前に起った「出アフリカ」がその始まりであった。DNAからの探求により、その詳細がかなりわかって来ている。



��万年前の「出アフリカ――グレートジャーニー」は、わずか数千人のヒトの紅海からアラビア半島への旅立ちであった。しかし、これは初めての試みではなかった。実は二回目のもの。第1回目は12万年前。イスラエル北部のカルメル山にその「ふたつの出アフリカ」を示す証拠がある。「洞窟の谷」と呼ばれるところから、たまたま七体の大人の人骨が出土した。それは埋葬されたもので、それぞれが時代の異なる、11万5千年前から7万5千年前のもの。アフリカ以外の場所で見つかった最も古いホモサピエンスの骨である。



��第1回目の「出アフリカ」>



第1回目の「出アフリカ」が不成功に終わった理由は、その頃ヨーロッパで勢力を持っていたネアンデルタール人に敗れたからだ。ネアンデルタール人はヨーロッパ北部に居住していた。体つきも北方仕様で、体温を保つための頑丈な骨格、太陽からの恵みを受けやすい白い肌。その筋肉故にホモサピエンスの使う倍の太さの槍を武器に野牛やマンモスを倒していた。女性や子供も五歳になれば、自分で獲物を狩っていたと考えられている。彼等は、北ヨーロッパに住んでいたので、エチオピアからアラビア半島に渡った人類とは接触はなく、棲み分けが成されていたが、その頃氷河期が始まる。彼等は獲物を追って南下し始め、ヨーロッパとアラビア半島を唯一結ぶ道レバント(現在のレバノン)で、そこに住んでいたホモサピエンスと衝突し、獲物の奪い合いとなったのである。熱帯生まれで体温を放出するのに適した華奢な体つきをしていた人類は、体力的に彼等に劣っていた。そして、最終的に敗れ去ったと言う訳である。7万4千年前以降、この地でホモサピエンスの化石は見られなくなる。



��第二回目の「出アフリカ」>



第二回「出アフリカ」は約6万年前に始まる。ネアンデルタール人とのリベンジマッチだ。同じカルメル山の洞窟で見つかる4万年前から1万年前の遺物は、ホモサピエンスのものである。ホモサピエンスが再びレバントに現れたことが推測される。一方、4万5千年前以降のネアンデルタール人の化石や遺物は、まったく見つからない。つまり、この時人類はネアンデルタール人との戦いに勝利し、全世界に広がっていったのである。体力的な向上は起っていないのに、何故、人類はこの戦いに勝利できたのか。一回目と2回目の人類の侵攻では、持っている武器に違いがあった。この後発組が作った石器は、世界の至る所で発見される。それは、人類初の飛び道具だ。ヒトは投擲武器を携えて、二回目の「出アフリカ」に臨み勝利したと言える。



��投擲具の意味するもの>



飛び道具を手に入れたことでどんな有利な点があるのか。まず、獲物を取る時、遠くから狙えるため、自分が傷つく確率が減る。大きな動物だけでなく、行動が敏速な小動物も捕らえることができる。つまり食べることのできる物の種類が増えると言う事。これらは即物的な効用であるが、同時に人類の「心」にも影響を与えた。わたしたちが、一人一人をきちんと認識できるのは、大脳皮質のサイズによって、150人前後の集団までらしい。しかし、人間社会のつながりは優にその範囲を超えている。その原動力になったのが、この飛び道具であった可能性が見えてきた。



第1章で人類は「協力する人」という事が示された。その互いに協力できる範囲あるいはお互いに監視しあえる範囲が150人程度ということである。つまり、秩序を乱す人たちを罰すること、追放などの措置をとれる集団である。しかし、この投擲武器の発明で弱者が強者に制裁を加える可能性が生まれ、平等に獲物を分かち合うシステムが大きな集団においても担保された。結果、数千人の規模で社会集団を維持できるようになる。この大きな集団のネットワークが人類の可能性を飛躍的に伸ばしたと言える。



ホモサピエンスが出アフリカを果たした後、あらゆる厳しい困難を克服して世界に広がっていけたのは、この集団のネットワ-クを築く事ができたという事によっている。いろいろな問題に取り組む人数、アイデアを出す人数、それを実行に移すことができる人数。つまり、問題は絶対的な数の多さなのである。高度な技術は高度な脳から生まれるのではなく、大きな人口から生まれ、維持されていく。



現在では、人類は数万人、数億人の規模で国家を形作っている。その毎日の暮らしを快適に暮らすことができるのも、我々ひとりひとりの背後に大きな集団がひかえているからに他ならない。また多くの場合、国家のみが武器(投擲武器)を掌握し、社会の治安維持を保っている。我々もまた、ホモサピエンスが初めて掴んだ飛び道具を継承しつつ、現代社会に生きているのだ。



また、飛び道具が発明されたことによる「負の遺産」についても述べられている。ひとつは、攻撃が間接的になされるという事。直接敵に立ち向かうことなく、相手を倒すことができる。これにより、「攻撃する」という心理的ブレーキがかかりにくくなる。つまり、至近距離からより遠距離からの殺人は罪悪感が少なくて済むという事だ。ふたつ目は、人類が飛び道具を持ってアフリカから脱出したことにより、人類が通った道筋では多くの動物が絶滅していったという事。このような初期人類から、我々は自然の秩序を崩壊していたことになる。また、亜種人類のネアンデルタール人、最近発見された亜種人類デニソワ人の駆逐もホモサピエンスの仕業だと言われる。我々は、この投擲武器を手に入れたことに伴う「負の遺産」も同時に継承しているという事を認識しなければならない。我々の未来のために。







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