2013年8月13日火曜日

第4章 交換する人





『HUMAN』の最終章です。前の3章までは、まだ人類とは言えない時代のお話でしたが、ここに来て、ギリシャのお話です。ここで、わたし「大発見」しちゃいました。もちろん、私にとってのですが。この本でも「アテナイでコインが誕生した時、現代人の心が生まれた。」と書かれていますが、古代ギリシャ時代から詩や文学や哲学が生まれたのは、そういう必然性があったからなのでしょう。ギリシャだけにかかわらず、他の文明――中国やエジプト、インカなど――でも、人類の相互の協力、そして農耕生活と続きある程度の規模の都市が出現した時、人類の悲劇が始まったのです。そして、その悲劇に関連して文学や哲学が必要だった・・・、つまり、人類はこの時、自分の暗い闇を覗き込んでしまった。そして自分は何者であるのかという問いで、自らの矛盾点を解明し、「平常心」を保とうともがく訳です。どうですか、「哲学」なんて、そんなに深遠なものではなかったのです。



ギリシャに至る前のお話から始めてもよろしいでしょうか。



世界総人口は、一万一千年前、推定六百万人だったそうです。シリア北東部(メソポタミア)の「テル・ブラク」が世界で最も古い都市です。紀元前4200年頃のことです。紀元前3900年頃に最も栄え、130ヘクタールのなかに人口は二万人と言われています。その頃には、すでに給料システム(組織化された製造業)が見られます。



次に見つかった遺跡は、イラクの「ウルク」。紀元前3000年頃、250ヘクタールに人口四万人と推計されています。ここから出土された粘土板には初めての文字が見られ、120種類の官職リストが書かれています。高度な分業と、複雑な階層社会が見受けられます。



何故、ヒトだけが他人と仕事を分担できるのでしょうか。「交換」により、分業が成立します。つまり、わたしはこれを作るから、あなたはそれを作ってお互いに交換しようよということです。チンパンジーの実験があります。ブドウ、リンゴ、キュウリ、ニンジンを用意します。チンパンジーの好きな物の順位でもあります。好きな物第二位のリンゴを持っているチンパンジーに、第一位のブドウと交換しようと持ちかけてもチンパンジーは拒否します。第三位のキュウリを持っているチンパンジーも同じです。第四位のニンジンに至って漸く交換に応じます。



それは何故か。チンパンジーは、自分の持っているものを他者に渡した時、その他者がほんとうに、その持っているものを自分にくれるのかが信用できないためです。つまり、「交換」は非常に高度な「信用」に裏打ちされているということです。ルールとモラルを強化しなければ交換は起らないという事。そして集団を強化できれば、交換→分業→高度な専門家(プロ化)→生産性の向上→そして、交換の活発化のスパイラル発展です。交換の発明から集団的頭脳(知識の共有)が得られ、アイデアの交換から遺伝子による生物学的進化を待たずとも、爆発的な文化的進化が可能になります。



この交換システムが高度化したのが貨幣です。コインが初めてみられたのは、紀元前670年リディア王国(トルコ)。その後紀元前550年アテナイ(ギリシャ)です。アテナイでは法定通貨制度が生まれ、その信用性から国際通貨の役割を果たしました。コインは不滅の富です。腐らないコインは永久に持ち続けられる、そしてどれだけの量でも持つことができる。これで、人類の欲望は際限なく増大していきます。



本書でも「コインの発現とギリシャ悲劇」の関連性が言及されています。紀元前6世紀、コイン導入直後にギリシャ悲劇が書かれた…、人間の無限の欲望による悲劇が題材となったのです。それまでの狩猟生活で不断の努力で育まれた「平等の人間関係」の観念を、お金が変えてしまった。持ち得たお金は家族以外の人には分配されない、そして消費も家族単位です。それが引いては人間の孤立を生み、「個人」が誕生しました。平等主義は突出した個人を抑えようとする安定志向ですが、貨幣経済は個人的達成の積み重ねです。



格差、欲望、陰謀、殺戮、孤独、疎外……、



かくして、ヒトは人類になった。高度な文明を手に入れると同時に大いなる負の遺産も抱え込んだのです。アリストテレスがすでに二種類の平等を主張していたことには、驚かされます。「数における平等」(総ての物で平等)と「値打ちに応じた平等」(能力による平等)です。この時すでに人類は、「人は皆平等でない」ことを正当化していたのですね。



最後に、アテナイはコインの製造のための銀抽出で森林伐採を推し進め環境破壊に至りました。繁栄の終わりです。その環境破壊は現在にまで影響を与え続けています。また、後を引き継いだローマも、コインの大量製造のため銀コインの品質低下を招き、額面価値と原価の乖離を生みだしました。「無」と「有」の交換に陥っていったのですね。同じく繁栄の終わりです。なんだかアメリカによる金本位制崩壊の現在の状況とリンクしたりしませんか。





長々とお付き合いいただきありがとうございました。『HUMAN』はこれで、終わりにいたします。





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