2019年7月14日日曜日

心は、人間だけにある特権なのか。。。






『ダンゴムシに心はあるのか』


こんなタイトルの本を読みました。とても大胆なタイトルだと思います。そして「心」を定義してしまうところが、また、凄い。



「心はあるのか」と言うのは、わたしの永遠の大テーマです。人に心があるのなら、総てのものに心はあるし、ダンゴムシ(等々)に心がないのなら人にも心はない、というのがわたしのスタンスです。



「全てのものに心はある」と、わたしが言うと、人は「じゃあ、石は、岩は。」とか言います。つまり、無機物と人を同じ次元で考える事に我慢がならないのでしょう。ですが、この著者は「石の心」をまで肯定しています。そこまで認めるなら、わたしも著者の意見に大賛成です。



ジェラルミン板の心を捉える職人のエピソードが書かれています。ハンマーひとつでジェラルミンの板から形を叩き出そうとする職人の技です。わたしも職人の端くれとして材質と職人の「心」の探り合いの感覚はよくわかります。考えてみると石器時代に人類が石からそれを割ることによって「刃」を取り出したのも人類が「石の心」を知っていたという証拠かも(そんな非論理的な思考は現在否定されていますが。)。



実際、比較認知科学者である著者も実験には被実験者()とのコミュニケーションが大切だと述べています。その対象者とのコミュニケーション能力で実験者は対象の「予想外の行動」をただひたすら待ち、観察し、「心」を知ります。つまり、職人がその材質と向き合いコミュニケーションを図るかのように。








普通、下等な生き物には心なんてないとされています。それらの行動様式は刺激に対する機械的な反応であり、そのパターンは生得的な物であると。著者は、ダンゴムシにいろいろな「イジワル」を仕掛けます。迷路の中に置いたり、水が嫌いなダンゴムシを水路に囲まれた場所に置いてどうするかを観察する等々です。



著者は、そういう時にダンゴムシが普段とは違う行動をすることに、「ダンゴムシの心の存在」を見ています。実際、あるダンゴムシは、水が嫌いなのに脱出のために水路に飛び込みます。そして、その普段とは違う行動の中に「心」の作用が観察できるのだと。



この本での「心」の定義は、……生物は、「生き延びる」とか「繁栄する」とかの目的で生きています。そして、その目的に則った行動をすることが「正しい事」です。つまり、すべての行動に意味があります。しかし、時々意味のない行動もする。例えば、逆境に陥った時、有効性はなくてもやってみる。これが「心」であると、……わたしが理解した範囲で。



現在、AIの発達によって、ロボットに「心」はあるのか、機械に「心」はあるのか、と言った議論が活発になってきました。人間は物質で構成されています。目に見えない「精神」が物質に宿るわけはなく、酵素だとかフェロモンだとかの物質が分泌され、その時々の感情が決定されるのではないのか。



つまり、AIに「酵素」のような働きをするものをインプットすれば、ロボットも人と同じような「心(感情)」を持つことは可能ではないのかと思います。ダンゴムシにとっては、本能(生きる)に従わない行動。ロボットにとっては、論理的でない行動(論理的でない行動をランダムに取るという指令等か?)。



このような意味で、わたしは、「人には心はあるし、また『無い』」と思っています。





思考の翼をいろいろ広げてくれる本でありました。





2019年7月8日月曜日

とりあえず……書いてみる。




今朝、今年初めて、庭で蝉が鳴きだしました。まだ、梅雨明けではありませんが、賑やかな夏の到来となりそうです。


雨催い
ジム通う道
蝉の声


オ・ソ・マ・ツ・でした。




2019年6月23日日曜日

妄想してしまう・わ・た・し






以前、毎日ブログをUPしようと思った。と、書きましたが、未だ至らず。

毎日、「ネタ」は思いつくのですが、そのネタに対し、いろいろなことが頭をよぎるので、小文にまとまりません。

で、「妄想」の部分を抜きにして書いたらどうかと。

例えば、今日のテーマは、「『男の強さ』幅利かす世界とは」です。

「男の強さ」を重視する社会では戦士が特権を与えられ、結果として紛争の頻度が増す―――、というデータ分析の研究結果。

人類学者の報告です。

「男の強さ」とは、攻撃的な事、復讐が良いとされる事。つまり、「名誉の文化」です。そんなことが尊重される社会では(調査対象はマサイ族の戦士など)、隣人の部族との闘争回数が多くなるという研究。








そこで、わたしの妄想が動き出します。

つまり、男らしさを捨てたほうが、平和な世界が来るのか。それが、文明なのか。文明によって、男女の格差が軽減していくのか。という事は、社会は中性化していくのか。そして、男らしさの最後の砦が、「資本主義」ではないのか。

男が筋力を誇示するなら、毎日、外で戦って、獲物を捕まえて来いよ!仕事して金稼いでくるんじゃないよ。金なんか女性も稼げるのさ。

また、現在の男女格差は、「体格差」と「筋力差」。動物は、雌雄の権力の格差が激しいほど「大きさ」に違いがあるとか。その格差が無くなっていくのに連れて体格差が縮まっていくとか。今、一番格差のあるのが、「トド」です。

で、人類は、格差が縮まっているとか。欧米人を見よ!


という、妄想が広がっていくと、短く話がまとまらない訳です。



で、続きはまた。そして、UPは、妄想が始まる前に書くのを止めたい・……という話です。




2019年6月13日木曜日

嫌な予感。







今朝、探し物をしていて、冷蔵庫の上に置いてある籠の中身を調べていたら、冷蔵庫にたくさん引っ付いているマグネット(海外のお土産品)の一番重要な位置にあるものが、ちょっと触ってしまったので、落ちた。

それは、床に落ちて割れた。タイ空港で買った、ちょっと不思議な雰囲気の童女の人形のマグネット。だから、冷蔵庫の扉の一番上に飾って、他のマグネットを見下ろしている感じにしていた。

割れて首が落ちた。首だけ落ちた。不吉な予感。全く<迷信の>根拠はないものではある。

で、

数分後、玄関のチャイムが……、ピンポ~ン、ピンポン、となった。今日は燃えるゴミの日で、扉の前に置くシステムなので置いていたのだが、

チャイムを鳴らした隣の住人が、「お宅のゴミがひどいことになっているよ。」、と。スイマセンと言って、外に出たら、カラスのせいか、ゴミが散乱していた。ちょうど、そこにゴミの収集車が来て、事なきを得た。

次は、違う側の隣の住民が、玄関のチャイムを鳴らす。

エ~~~、何事?また、何かあったの?(今までも、いろいろ言われている。)

この数日の雨で雨どいからの雨水が隣の敷地に落ちて、苔が生してしまったとの御宣託。これは、雨どいの方向が悪いので、何とかしてほしいとの事。

彼女は、いつもそんなにキツイ調子ではなく、スイマセンがと言う態度なので、そんなに「困った」という感じではない。でも、解決しなければならない。そして、そのついで(こっちの方が目的か)わたしの近況とか家族の近況とかを聞いてくる。今日は、「いつも何をしているの?」と聞かれた。


まあ、あれやこれや……、と口を濁すと、「そうね、このお家を維持するには、いろいろやることもあるよね~~~。」と言って去っていった。

やれやれだけど、またひとつやることが増えた。






2019年6月10日月曜日

ちょっと、嬉しくなったので。。。





昨日の本の書評です。

アンソロジスト 東雅夫 という人が、誰だか知らないが、こんなことを書いていました。

世界三大異界散策小説(短編限定)といえば、英国の神秘小説家アーサー・マッケンの「N」、ベルギー最大の怪奇小説家ジャン・レイの「闇の路地」、そして我が泉鏡花の「高桟敷」であると、ひそかに信じて疑わない私でだが、このほどその一角を脅かしかねない凄い作品に出逢ってしまった。

わたしが、喰いついたのは、「アーサー・マッケン」。もちろん彼は評価はされているが、こんな大新聞社の書評では、ついぞ、名前はでないです。

彼は続いて、英国出身作家メトカーフの作品集『死者の饗宴』に収録された「悪い土地」と謎の覆面作家・服部独美のデビュー作『教皇庁の使者』を挙げています。

両方とも、ソソラレルケド、出版社が国書刊行会だからなあ~。高いんだろうなあ~と、考慮中。




2019年6月2日日曜日

名古屋の位置は?




ニュース番組とか、ワイドショーの最後には、必ず天気予報のコーナーがありますよネ。

その時に、東京キー局と大阪キー局で、名古屋の位置が違います。東京では、名古屋が西日本になります。大阪では、名古屋は東日本になります。

で、それは何故か。

名古屋の位置が微妙なんだなあ~と、思っていました。名古屋は、アイデンティティを主張できないのかと。名古屋キー局頑張れよ。

よくありますよね。日本の東西の境目。美容院や理髪店で、洗髪の後、「痒いところはありますか?」と言うと、東京は、「ありません。」と応える。大阪は、「ある。」と応える。冗談交じりに。「背中。」とか、「鼻のあな。」とか、あとで、「先きの質問まだ有効ですか?」とか。

そして、名古屋は中間なんです。50%、50%.。イエスかノウかがね。

名古屋頑張れよ!主張しろよ!と思っていましたが、





これは、画面の問題があるんじゃないの?、って。

つまり、西と東に日本を分ける時、大阪では、名古屋を東にすると、大阪は、画面の一番上に来る。東京が、名古屋を西にすると、東京が画面の一番下に来る。

という事は、

両方とも、一番目立つ……という事か?


今の結論はそんなところです。


どうでしょう。






2019年5月19日日曜日

今日の新聞広告の本






新聞の本の広告を見るのは、まあまあの趣味です。

今日は、

『思考機械』
『美しく呪われた人たち』
『科学tの女性差別とたたかう』

すべて作品社の出版です。

まだ内容をチェックはしていませんが、すべて「そそられる」題名です。





『思考機械』は、あの『ホームズのライバル」のというタイトルの短編を含む本邦初翻訳の50篇の短編集だそうです。

『美しく呪われた人たち』は、あのフィッツジェラルドの本邦初翻訳だそうです。

『科学の女性差別とたたかう』は、最近流行の『妻のトリセツ』などの似非科学本の反論のようです。旧来の科学の偏見に挑むとあります。ーーー是非反論してもらいたい。


以上。