2015年11月28日土曜日

トランプ人気


次回英語トピック・クラスで話そうかなと思う新聞記事のタイトルです。告白しますと、わたしは政治に関してまったく興味はありません。特に「選挙」には。わたしが興味のあるのは、なぜこの世界はこのような仕組みで動いているのだろうということです。大袈裟に言うと、「宇宙はどうしてこのように存在しているのだろう。人類はどうしてこのような世界を作りだしたのだろう。なぜ日本は世界の中でこのような位置付けとなっているのだろう。」ということです。

 

と言う訳で、アメリカの大統領選挙にも全然興味はありませんが、わたしの「どうして」に関連して興味があるわけです。この記事では三人の日本人がトランプ氏のことを分析しています。その分析には興味深いものがあります。トランプ氏は、アメリカ共和党の大統領候補者の一人で、『「不動産王」のトランプ氏と、カリスマ的神経外科医だったカーソン氏が支持率のトップを争っています。』という状況です。

 




 

一人目は、町山智浩さん。米在住の映画評論家・コラムニストで、1962年生まれ、バークリーに居を構え、米国の映画や社会を日本のメディアに紹介しています。

 

彼の分析でとても興味深かったのは、「アメリカの政治は『自由』と『平等』という、もともと相いれない二つを根本的な流れにしている。」と述べている事です。哲学的命題ですねえ。そして、民主党は「平等」を、共和党は「自由」を重視していると続けます。なんだかとてもスッキリしていますねえ。

 

「自由」を至上とする共和党は、政府の干渉を嫌うわけですから、その干渉をする政治家を投票で選ぶという矛盾があります。そこで、トランプ氏のような金持ちの経営者がだれの「ひも付き」でなく、自分の金で言いたいことを言い、「自由競争」を掲げるのはなんの矛盾点もないわけです。彼の支持者はブルーカラーの白人男性層ですが、彼らのアメリカの現状不満をトランプ氏はうまく吸い上げて、移民や女性や中国批判を言いたい放題に言うこと…、そんな事を彼らだって心から真に受けている訳ではありませんが、彼らの「うっぷん晴らし」となっている訳です。

 

町山氏の結論は、アメリカ人の右も左も「共和・民主」の二大政党に辟易しているんだ…、と言うことでした。

 

 

二人目は、海野素央さん。明治大学教授。1960年生まれで、専門は異文化間コミュニケーション論です。彼は、米大統領選をコミュニケーションの視点から研究しています。トランプ氏についての分析は、「コミュニケーション力の点では、一頭地を抜いた存在です。最も目立つのは、ビジネスで体得した戦略を選挙に応用している点。これが職業政治家への反感と言う世論と合っている。」ということ。

 

ビジネスで体得した戦略とは、白人の中低所得者と退役軍人を固定客とし、大切にしているということ。移民や女性への蔑視言動は、この固定客に心地良いのです。海野氏は、「トランプ氏が大統領候補者選に勝つためには固定客以外にも支持を広めなければいけない」というところに矛盾が生じると指摘しています。差別的、排他的暴言を控えなければいけないからです。そうすると彼の魅力が半減してしまいますからね。

 

 

三人目は、湯山玲子さん。1960年生まれ。著述家・ディレクターです。彼女の論点は、アメリカで女性大統領が生まれるのか、と言うこと。「西部開拓の昔から、男性がリーダーシップをとらなければならないという強迫観念が強いあの国で、女性大統領が誕生するのかどうかということですね。トランプ氏人気は、これと併せて考えてみるべきだと思うんです。」と述べておられます。

 

地味な候補者ではヒラリーに勝てないので、トランプ氏のキャラが必要と言うこと。女性大統領の可能性に揺れる男性心理を指摘しています。

 

彼女は、クリントン大統領の誕生を望んでいます。なぜなら、「最大の同盟国」であるアメリカで女性の最高指導者が活躍することは、日本の女の子の夢ともなるからと。政治家と言う仕事が、彼女たちの選択肢と成り得ることを示します。

 

日本の企業や組織では、男女が対等に議論できる土俵が整っていません。会議などで女性が同意見ならば、男性は優しく女性を応援してくれますが、男性に反対意見を言おうものなら、感情的に反発され、目の敵にされます。「生意気な奴だ。」なんてね。その後の仕事にも差し障りが生まれます。

 

政治家についても、保守系はひどいですよね。安部政権で重用されている女性の官僚や幹部は、まるで男性によりそう優等生のようです。湯山さんは、「強権的な父親に憧れ、可愛がられたいと望む娘のよう」と表現しています。そして、民主党の女性議員の国会での発言には、自民党のヤジだらけ。トランプ氏以下かも。

 

湯山さんの結論は、「アメリカ大統領選はこれから、女性リーダーと男性リーダーについて、もっともっと考えさせる場になっていくと思う。どうせなら、トランプさんが共和党候補になって、クリントンさんとの真っ向勝負のディベートを見てみたいですね。」でした。








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2015年11月24日火曜日

未だ、仕事ならず――(ワンダーランド上海2003-2005)


ワンさんとの話し合いはまだ決着が付きません。実は、わたしは、日本から荷物を2パックこちらに送っていたのです。ワンさんの事務所の住所で。上海に着き次第受け取ろうというつもりでした。ひとつは、これから銀粘土のしごとを始めるにあたり、仕事関係の道具とか材料のパック。もうひとつは、全くの私物でした。そのパックが上海の税関で差し止められたのです。

 

ワンさんの事務所宛にしたので、税関に取り行くのも事務所の印鑑が必要なのです。ところがワンさんは、わたしたちの電話に全く出ません。もうひとつの理由は、仕事用のパックが、わたしの日本の協力者の会社から直接送られた物ので、輸入ということになってしまったのです。輸入ということになると、輸出入に携わっている会社しか商品に係わることができないのです。ワンさんは、そういう貿易会社に頼んで荷物を引き取り、その会社に手数料を払う事に文句を言っているのです。わたしたちは自分で払うから、とにかく受け取ってくれと頼みましたが、それっきり電話に出なくなりました。

 

わたしの私物は、自分の名前で送ったのですが、宛先を事務所にしてしまったのがいけなかったようです。中国の郵便事情を全く知りませんでした。ほんと、自由主義国・民主主義国に住んでいたら、ビックリするような事が当然のように行われています。郵便事情で言うと、投函する郵便物を封印することはできません。郵便局に封をしないまま持って行って、係の人に渡し正規の封筒と切手を買ってその場で係の人が封印します。もちろん、係の人は中味をチェックすることはありませんが、そうする権利はあるということでしょう。宅配便のような箱もわたしがガムテープで封をしようとしたら、止められました。蓋を開けたまま郵便局に持って行くのです。後に上海で知り合った中国系アメリカ人と「なんでだろうねェ。」という話になった時、彼は、「封筒を売るためじゃないかあ。」などと冗談を言い合いました。

 



 

そんな訳で、ワンさんと連絡も付かず、荷物も手に入れることができないまま、わたしは未だメイのアパートに居候しているということです。もう1週間以上経っています。メイの御主人はとてもいい人で、わたしがいることに何も言いません。メイといつまでも仲良く付き合って下さいと言われました。わたしは、「明白了!」と。「わかりました」という意味です。メイは、タイミングも意味もバッチリ決まったと、大笑い。まあ、彼は、だいたいは夜中2時過ぎに帰ってきて朝は7時30分には家を出て行きます。めったに顔を合わせないのです。

 

彼女の息子のトニーもとても良い子です(小学校1年生)。土曜日4時ごろ学校のバスで帰ってきます。そして、また日曜日の3時ごろバスで学校に戻ります。メイは、トニーのバスが来る場所まで行って、彼の送り迎えをします。居候の身分としてわたしは、いっしょに迎えに行きます。そして、いっしょに御飯を食べます。と言っても、どこの国の子供でも同じように好きなものは、ハンバーガー、ケンタッキーフライドチキン、ピザハット。

 

メイはご主人が出張の時や海外旅行をしている時はご主人の車を使えますが、その他の時はたいてい地下鉄です。メイのマンションは最寄の地下鉄の駅から歩いて5分くらいの距離。地下鉄はラッシュ時には信じられないくらいの混雑ぶりです。ですから、トニーを迎えに行っていっしょに地下鉄で家に帰る時は、トニーは慣れないわたしを気遣って時々わたしの方を振り返り様子を見てくれます。

 

実は道を渡るのも大変なんです。車は右折の場合は赤でも行けます(右側通行)。その上、車は歩行者のことなど、なあ~~~んにも、考えていないので、横断歩道を渡る場合、信号が青でも右折車、左折車に気をつけなければなりません。さらに自転車は信号など気にしていないので常に注意しなければいけません。信号ではないところを渡る時は、なお大変。時々道の真ん中の中央線のところに今にも倒れそうなご老人が立っていたりします。それでも車は気にせずフルスピードビューンビューン走っています。わたしも来た当初は、おばあちゃんのようにメイとかトニーが手を引いてくれました。今はどこでも道を渡ることができますが、ちょっと考えことをしていたりすると車に轢かれそうです。

 

トニーとはよくピザハットに行きます。近くの大型スーパーにはいろんな店舗が集まっており、休みの日には人でいっぱいです。そのスーパーの中にあるのピザハットも1時間待ちはあたりまえ。その上、中国のファーストフードと言えそうな餃子、肉まん、麺などは1皿あるいは1杯5~8元(1元約14円)で食べることができるのに、ピザは1枚(2人前くらいの大きさ)50元です。路上で売っている肉まんや野菜まんは1元です。中心街から少し離れると1個8角(1元が10角)なのです。

 

はい、そこでメイとメイの夫とトニーの関係ですが、前にも書いたようにトニーはメイの夫の子供ではありません。中国では姓は結婚しても変わらないので、そしてトニーはメイが離婚した時、親権が前の夫になったので、今の家族は全員まったく違う苗字です。そして、中国ではあたり前に女性が働いているので(研究課題3)子供はいろいろなところに預けられます。メイも親といっしょに暮らしたことはそんなにないと言っていました。「親といっしょにいるとどういう態度とったらいいかわからないね。」と。と言うことで、トニーもメイの親のところに行ったり叔母のところにいったり、(子供はひとりで飛行機に乗って遠くの親戚のところに行ったりしています。)元夫の親のところに行ったりしています。

 

わたしがメイの家に居候をしていた間にも、彼女の元夫が訪ねてきたことがありました。トニーを彼の親のところに連れて行くために。もちろん、彼の親も孫の顔を見たい気持ちは当然で、おじいちゃんおばあちゃんも楽しみにしています。でも、普通、結婚しているメイの家まで来るのか(?)と思ってしまいました。

 

その時トニーは家にいなかったので少し彼は部屋で待っていました。メイと彼は、日本に留学していた時に知り合って結婚したので、彼も日本語は話せます。でも、「こんにちは」とわたしに言ったきりなにも話しません。気まずい雰囲気のままトニーを待っていました(メイの夫は出張中)。そして、トニーが戻ってきて彼がトニーを連れて行きました。残されたのはメイとわたし。

 

わかるな~~~メイの気持ち。(わたしも同じような境遇だと告白しときます。)

 

メイは、

 

「彼、ちょっとビックリしてたね。日本人、わたしの家にいたからね。」と、気丈なコメントをしました。








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2015年11月22日日曜日

AN UPHEAVAL by ANTON CHEKHOV


次回の英語READINGクラスの小説です。チェーホフは、ロシアの作家ですが、メンバーの一人は、世界の短編小説傑作集から作品を持ってくるので、英訳されたチェーホフの作品と言えます。

 

わたしは、たいてい短篇を渡されると三回は読みます。一回目は、ただ目を通すと言った程度。それで、その作品を読むのにどのくらいかかるか、あるいはクラスの何日前に読めば「間に合う」のかを探ります。二回目は、時間に追いつめられて、本気でわからない単語を調べつつ、根掘り葉掘り読みます。そして最後は、このような文章をまとめるために読み返します。

 

一回目に読んだ時、「なんだ、またお決まりの古典小説か。」と思いましたが、二回目にちゃんと単語を調べて読んだら、「けっこう面白いじゃん。」という評価に至りました。実際、ストーリーは、古典小説のいつものパターンです。金持ちの貴族階級社会に貧民が紛れ込んで一騒動といった態です。



 

今回はロシア貴族階級ですが、様子は同じです。登場人物は、金持ちの夫婦…、Nikolay Sergeithch/the master of the houseFedosya Vassilyevena/the lady of the houseです。そして、そこに住みこんでいるa governess/Mashenka Pavletskyです。あとは、PORTERとかMAIDとかその他の召使たち。

 

GOVERNESSとは、金持ち夫婦の子どもたちの家庭教師謙遊び相手のようなもので、教養はあるが貧し家庭の出身ということになっています。たいていは、若い女性です。

 

Mashenka Pavletsky, a young girl who had only just finished her studies at a boarding school, returning from a walk to the house of the Kushkins, with whom she was living as a governess, found the household in a terrible turmoil.

 

これが、書き出しの文です。Kushkinsは、女主人と思います。a terrible turmoil とは、女主人の高価なブローチが紛失して、家中が大騒ぎの様子。

 

女家庭教師が散歩から家に戻ると、大変な騒ぎが起きていて、彼女が自分の部屋に戻るとそこには家の御主人夫婦の姿が。夫の方は、こんな大騒ぎをしてくだらないと、彼女の横を通り過ぎて行きました。女主人の方は、彼女の品物が床に散乱しているのを「わたしの袖があなたのバッグに当ってひっくり返してしまったの。粗相をしました。」などと言い訳をして立ち去ります。

 

Mashenkaは、メイドのLizaから事情を聞き、女主人のブローチがなくなったので、すべての召使の荷物が調べられたという事を知ります。しかし、Lizaは、「あなたの荷物からブローチは見つからなかったのでご安心なさいませ。」と言います。しかし、彼女のプライドは傷つきます。なぜ、わたしの所持品が調べられなくてはいけないのかと。そして、そういう権利は、彼らに無いと。

 

“Mistress has lost a brooch worth two thousand,” said Liza.

“Yes, but why have they been rummaging in my room?”

 

そして、わたしが興味深かったのは、

 

“But Liza, it’s vile….it’s insulting,” said Mashenka, breathless with indignation.  “It’s so mean, so low! What right had she to suspect me and to rummage in my things?”

 

……She, well-educated, refined, the daughter of a teacher, was suspected of theft; she had been searched like a street-walker!  She could not imagine a great insult.

 

つまり彼女は、他の召使が調べられることはかまわないが、この教養ある家の出の「わたし」が調べられるとは、と思っているのです。そして、そこかしこに彼女の幼い妄想とプライドが顔を出しています。

 

 

部屋で彼女が泣いたり憤慨したりしていると、夕食の時間の知らせが鳴り響きます。どうしようかと思案しましたが、とにかく彼女は夕食の席に座りました。家族と招待客と彼女、みなが出来事を知っているので、席は静まり返っています。すると、女主人は突然泣き出して、「わたしは、盗まれたブローチが惜しくて泣いているのではない。この家に泥棒がいることに我慢できないの。わたしが、恩を施してきた人々の中に、ブローチを盗む人がいるなんて、なんていう忘恩なんでしょう。」と。

 

この言葉を聞くとMashenkaも泣きだし、わたしの持ち物を調べる権利はあなた方に無いと、席を立って「出ていく」と言います。そして、夕食の席から退場すると、the house of the masterNikolay Sergeitchが、後を追って彼女に出て行かないようにと説得にかかります。

 

彼は、なぜこんな小娘が出ていくというのを必死で引きとめたのでしょうか。それは、彼がブローチを盗んだからです。彼には良心が残っていたのですね。

 

彼の説得とは、ここは自分の家なのにわたしには何も自由な事はない。ブローチを盗んだのはわたしだと。しかし、そのブローチは自分の母の持ち物だった。わたしが彼女の過ちを詫びるのでどうかここに留まって欲しいと。あなたが出ていってしまったら、この家には誰もまともな人がいなくなってしまうと。しかし、Mashenkaは、この家でなんの権威もない人がわたしに謝ってくれても何になろうと、このお屋敷を立ち去ります。

 

 

いかがですか。わたしはお決まりの貴族階級を描いた古典小説だと思いますが。しかし、「案外面白いかも」と思ったのは、この構図は今も続いていて、きっと未来永劫に続いて行くのだろうと思ったからです。

 

傲慢な暴君の金持ち階級。

なんの力もない弱いインテリ階級。

貧困に喘ぐイノセントな人々。

 

 

屋敷の主人に付けられた形容を紹介しておきましょう。

 

Nikolay Sergeitcha little man, a flabby face, a bald head, not old

 

Fedosya Vassilyevnaa stout, broad-shouldered, uncouth, thick black eyebrows, a faintly perceptible moustache, red hands

 

 

最後に、とても印象的な女主人の言葉です。

 

“I don’t say she took the brooch,” said Fedosya Vassilyevna, “but can you answer for her? To tell the truth, I haven’t much confidence in these learned paupers.”

 

金持ち階級はどんなに親切な態度を取り繕っても、discriminationあるいは自分がsuperiorであるという気持ちを取り除くことはできないのでしょう。








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2015年11月20日金曜日

メイのアパートへ戻りました。 (ワンダーランド上海2003-2005)


メイのアパートへ戻りました。

 

 

ワンさんとの話し合いの後、メイのアパートに戻って来ました。上海空港についてから、長~い一日でした。でもまだ終わりではありませんでした。

 

 

わたしたちは、ビールと晩御飯を買ってメイのマンションに戻りました。夜9時ぐらいです。わたしのトランクはそのままの状態。彼女は「荷物整理しなさいよ。」って言うけど、わたしは、「いったん荷物出したら収拾つかないよ。」と返しました。

 

メイ:ここに泊まらない気か?

わたし:だって、ご主人とトニー(子供)に悪いじゃん。

 

メイには夫がいます。そして、わたしがここで日本に帰らなければ、日本に戻れなくなってしまうとの思いもありました。働く会社が無くなったからには、実際日本に帰るべきなのです。でも、工房は閉めちゃったし、みんなに「上海で最後の勝負をする。」なんて、ホラを吹いて回ったし、上海での文化教室の開講は決まっているし…、なのです。

 

メイは、トニーは土・日しか帰ってこないし、帰ってきてもわたしたちの部屋で寝るからいいよ、大丈夫と言いました。トニーもその方が嬉しいよと。ご主人に関しては、彼は夜中に帰ってきて朝早く会社に行くから心配ないと。ここでも仕事に(良い生活に)熱心な人は、日本の経済発展時代のように「モーレツ社員」です。実を言うと、トニーは彼の子供ではないし彼女たちは正式にはまだ結婚していません。わたしはここに中国の「一人っ子政策」の影響を見ています。上海におけるわたしの研究課題の一つです。

 
 
 
 

「わかった、トランク開けるよ。」とわたしが言った時、玄関でドアにもの凄いノックの音が聞こえました。中国語で何か怒鳴っています。メイは、「しっ!大家さんだ!電話しなかったね。忘れてたね。」わたしが住む予定になっていたアパートの大家さんがやって来たのでした。そのアパートはメイの家の近くでした。そして、不動産屋がメイの住所を教えたようです。メイは、すぐ灯りを消しました。わたしたちは沈黙。

 

ノックの音は続き…、中国語の怒鳴り声は続き…、しばらくして、とうとう諦めた様子。ドアのノック音が消えて静かになりました。わたしたちは顔を見合わせて頷く。しかし、少しの間まだ沈黙を続けました。

 

フーッ、ほんとに帰った様子なのでひと安心。翌日不動産屋から文句の電話がありましたが、訳を話してわかってもらいました。不動産屋から大家さんにうまく言ってもらうことで決着が付きそうです。不動産屋と聞くと、中年のよれよれのおっさんを想像しませんか?わたしだけかな?上海では、仕事をしている人はみんな若いです。20代、30代です。わたしが会った不動産屋の営業はみんな若い女の子たちでした。彼女たちは(というか、全員)、仕事に対する責任と言うものは感じてないみたいで、「いいよ、いいよ。わかったよ。」と、責任を追及しません。やさしいのよ。研究課題その2です。

 

そしてその夜に、やっと平安が訪れて、わたしたちはビールを飲みながら取りとめもなくおしゃべりを始めました。もちろん今後のことについても話し合いました。するとメイが語り始めました。

 

「トニーは今年から小学生ね。」

 

中国の入学は9月です。だからわたしが上海に来る少し前に学校に行ってしまいました。私立の良い学校には、だいたい寮があって生徒はそこで生活します。トニーはその前の保育園から寮に入っていましたが、小学校というのはまた違った意味合いがあるらしく、メイもトニーも少し感傷的だったようです。メイはとてもタフな人です。泣き言など一回も言ったことありません。

 

そのメイが、

 

「わたし、トニーを学校まで送っていった日、その夜、晩御飯の用意しようと冷蔵庫開けたね。冷蔵庫の中全部トニーの食べ物だった。トニーのヨーグルト、トニーのミルク、トニーの好きなおかし。みんなよ。涙でたよ。しばらく窓から外眺めてた。」

 

ふ~ん、オニの目にも涙か…、な。

 








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2015年11月15日日曜日

上海での新生活は如何に  (ワンダーランド上海2003-2005)


さて、上海浦東空港に降り立ちました。意気揚々と。新しい生活を思って。メイはいつものように迎えに来てくれていました。最愛なる親友です。

 

「ニーハオ!」

「ニーハオ!」

 

でも、何だかメイは元気がなさそうな感じでした。心なしか顔色が青い。

 

わたしが、「どうしたの?元気ないね。」と聞くと、

 

メイは、「大変なことしちゃった。どうしよう・・・」と。

 

大変な事と言っても、世の中、そんなに大変なことは起りませんよ。それで、気軽に「どうしたの。」と聞きました。

 

メイは、わたしを迎えに来ましたが、早く着き過ぎたのでお姉さんにメールをしたのです。1歳年上の仲の良い姉妹です。お姉さんは北京でお仕事をしていますが、時々出張で上海に来ます。そんな時、メイはお姉さんの運転手を引き受けています。

 

メイが言うには、

 

「お姉さんは、いつもワンさんの会社を辞めて自分の仕事を手伝ってくれるように言っている。それで、わたしもワンさんと上手くいっていないので、お姉さんにどうしようか相談しようと思ってメールしたのよ。ワンさんの会社を辞めて先生(この頃、メイはわたしの事をこう呼んでいますが、半分は冗談です。)と一緒に仕事したいと書いたよ。ワンさんの悪口もいっぱい書いちゃったの。で…、間違えてそのメール、ワンさんに送ったネ。」

 

わたし、絶句。「それで、どうなったの~?」

 

メイは、「ワンさん、飛行機着いたら一緒にすぐ来いって言ってるよ。事務所で待ってるって。」

 

わたし、「アパートどうするの。先に契約するはずじゃなかったあ。」

 

メイは、「そうよ~。大家さんと約束してるよ。すぐ行くことになってるよ。先ずはわたしの家に行って、先生のスーツケース運ぼう。」

 

わたし、「ふ~~~ん。」

 

 

わたしたちはメイの運転する車で彼女の家に向かいました。その間にも、わたしが借りることになっているアパートの大家さんからジャンジャン携帯に電話がかかります。「まだ着かないか?まだ着かないか?」と。メイは何のかんのと言い訳しながらワンさんとの話し合いがどうなるか分からないので、契約の引き伸ばしにかかっています。そしてまた、わたしたちはワンさんとの話し合いに備えて、二人で打ち合わせもしなければいけません。

 

メイが言うには、

 

「ワンさんはわたしたちが勝手にアパート見つけたのも気に入らないよ。贅沢だって。でも会社に迷惑かけてないよ。会社が出す家賃の範囲内で探したから。それからわたしたちが日本人の文化教室に教えに行くのも気に入らないみたい。ふたりで勝手に好きなことしてるって。ワンさんとわたしが前に話し合ったのは、ワンさんが色彩の仕事する。そしてわたしたちが銀粘土の仕事する。それで話し付いてたよ。」

 

ふたりで話をしていても埒が明かないので、荷物をメイの家に置いてからワンさんに会いに行く決心をしました。ワンさんからは何の連絡も無いので、どういう気でいるのかは皆目わかりませんでした。

 



 

いざ事務所へ。もう時間は夕方5時を過ぎていました。

 

ワンさんの事務所に着くとワンさんは別に怒った風でもなく、一人の女の人()をわたしに紹介しました。「銀粘土に興味のある人でちょっと見学に来ました。日本語話せますからお話してください。」とか、言っちゃって、メイとワンさんは別室へ。ふたりでこれからのことを話し合う様子でした。

 

わたしは、会社の冷蔵庫を覗いたら、まだ置いておいた自分の缶ビールが残っていたのでそれを取り出し、一人で少し離れた場所に座ってビールを飲み始めました。ちょっとしたら彼女が近づいてきて向かい側に座りました。仕方ないので話し始めました。

 

わたし、「アクセサリーに興味あるんですか~~~?」と、取っ掛かりとして聞きました。

 

彼女、「???」

 

「銀粘土で作るアクセサリーの事を、どこで知りましたか~~~?」

「???」

「ワンさんとどういうお知り合いですか~~~?」

「わたしはワンさんと知り合いではありません。この近くにいたら友達から電話があって、ここに来て欲しいと言われました。」

「なんで~~~?」

「わかりません。日本人がいるから話して欲しいって。」

 

 

という調子でしばらく話していてわかったことは、彼女はワンさんとは全然面識もないし銀粘土にも興味はない。ただワンさんの知り合いである彼女の友達に頼まれて、ほんとにこの辺りで単にブラブラしていただけなのに、急遽呼ばれて来ただけでした。日本人との通訳を頼まれただけだったのです。しかし、メイとのイキサツはわたしたちが来る前に聞いていたらしく、わたしがワンさんとの関係をどうするのかということをしきりに尋ねてきました。彼女の日本語は、あまりしっかりしていなかったので、当たり障りの無いことを話してお茶を濁していました。

 

そうこうしているうちに2時間ぐらい経ちました。メイとワンさんが別室から出てきました。彼女たちは協力関係を破棄することで一致した様子。そして、ワンさんとメイとわたしが席に着いたのです。ワンさんの意向を推し量ると、「メイとの関係はキャンセルするがわたしはどうするか」ということみたいです。

 

ワンさんの考えでは、わたしはワンさんの方を取ると思っていたみたいです。なぜなら、彼女の方が資本金を持っているし、ちゃんと日本語が通じるスタッフ(彼女のことのよう)も用意することができることを示したからです。ワンさんはワンさんで、わたしたちが事務所に到着する前に、周到に策を練っていたのですね。でもワンさんはあくまでも彼女(日本語通訳)は銀粘土に興味がある人で、たまたま今日見学に来たのだというスタンスは崩しませんでした。

 

彼女はと言うと、ほんとにはなぜ自分がここにいるのかあまり良く分かっていなかったし、メイの前では緊張して日本語もシドロモドロニなってしまいました。「わたしの日本語まだ良くないです。」なんて言い始め、少し気の毒。メイはそれだけ迫力はあるし、日本語もうまいと言うことですね。まあ、わたしの結論は決まっているので、ワンさんにそう言いました。ワンさんは別に全然動じていない様子。「そうですか~」なんて感じで、では、後のことは後日話し合いしましょう…、で、その場はお開きとなりました。

 

わたしは、「何だ、ワンさんいい人だ。よかった。」と単純に思いました。その後、どれほどドロドロになって行くかを想像だにせずに。

 









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2015年11月12日木曜日

英語トピック・クラス


久しぶりのトピック・クラスです。わたしは前回、高校での英語の勉強を取り上げました。高校でのディベートクラヴのお話です。英語でのディベートの高校生全国大会で優勝したチームが、世界大会に臨みましたが、思わしい結果は出ませんでした。彼ら高校生は、「日本の高校とその他の国の高校では、議論するという経験値が全く違う。」と反省しておりました。

 

確かに、日本の高校で「討論する」という環境はあまり見られません。それで、今回は、選挙権が来年から18歳に下がることから、18歳である「討論の機会があまりない」高校生はどう考えているのかと、新聞記事を探ってみました。

 



 

先ず驚いたのは、文科省の前の「文部省」は、高校生の政治活動を「望ましくない」ものとして制限していたということです。1969年のことです。70年安保の前年ですから、学生運動が高校にまで広がったためなのでしょう。しかし今回文科省は、18歳になる高校生に政治の「なんたるか」を教えなければいけないということから全国の高校に通知を出しました。高校生の政治活動が一部認められることになったのです。

 

「校外で政治活動は出来る。部活や生徒会活動中など、校内では原則禁止」ということです。

 

今回の通知で、高校生は休日や放課後に校外でのデモや集会に「原則」参加できます。というのは、暴力的になる恐れもしくは違法になる恐れがある場合は、禁止すると明記されているからです。例えば、安全保障関連法案の反対デモで逮捕者が出たことを「教員」が問題視すれば、行かないように指導される可能性があるということです。

 

文科省はおおまかな線引きをしただけで、個別の「政治活動」が適切かどうかは学校や教員の判断に任せたのです。教員は同時に「政治的中立」を守ることを、義務付けられています。つまり相当高度な判断技術を要するという事。また、教員が政治的行為で違反した場合に罰則を科すための「教育公務員特例法」の改正をめざす動きもあります。

 

 

高校生の意見です。

 

都内の一年生(15歳):6月から学生団体SEALDsのデモに参加し、8月には高校生中心のデモも呼びかけた。学校にとがめられたことはない。禁止と知らなかった。『解禁』といっても制限付き。「国は、個性のない生徒を育てたいのかな」

 

都内の三年生(18歳):この夏、都議に3日間同行するインターシップに参加。関心のある貧困や難民問題などの集会なら参加したい。

 

都内の三年生(17歳):いろんな立場の集会に行きたい。安保法制に賛成だったが、7月に反対派の集会に行ってみた。違う意見(を聞いて)で視野を広げたい。

 

山梨県の三年生(17歳):政治について直接意見を言ったり、聞いたりできる場がほしい。8月に、全国の高校生100人が国会議員らと憲法や社会保障などについて議論するイベントに参加した。

 

また、今月15日に、愛知県の私立高校生らが地元の衆院議員5人を招き、長久手市役所で討論会を開くとのこと。テーマは「18歳選挙権」です。あらかじめ。参加6校の生徒約700人にアンケート調査を実施しました。アンケート結果は、9割が選挙権の年齢引き下げを知っており、5割が18歳になれば選挙に行くと答えました。アンケートを通じ、生徒らが「18歳選挙権の問題を見つめ始めた」と、実感したとある教諭は述べました。

 

 

「政治」とは、なにも安保法制だけではありません。学費の問題や人種差別など、日常生活がすべて政治と関連しているのです。ですから、文科省が「政治活動」を禁止することや限定的に認めるということの方がおかしいとは思いませんか。日常の矛盾を口に出すこと、そんなことを学校で発言することは、普通の事です。

 

また、教員たちも「考えを生徒に押しつけないように」と、「政治的」中立に悩んでいます。これもまた、先生達の口を封じる風潮とならないでしょうか。政府あるいは文科省は政治的中立性を担保し、政治や選挙を高校生が学ぶ副教材を選択し、また政治活動等に関する通知を通達することができるのでしょうか。

 

 

わたし自身は、70年安保に乗り遅れましたが、もっと自由に中学や高校ではいろいろな事を話していたと思いますが…、そして先生もネ。










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