2013年11月23日土曜日

イギリス人の先生に聞いてみる・・・



今回、新しい先生に英語を習う機会があった。イギリス人の先生。それで、普段わたしが疑問に思っていることを聞いてみた。

 

以前、イギリス人の先生が、「イギリスに憲法はない」と言っていたようなことがあった。つまり、イギリスはまだ女王の国なのである。もちろん、現在女王が暴走すれば、イギリス国民は黙ってはいないので、そんなことはしない。つまり、不文律なのである。で、ほんとうにそうなのかと。それで、新しい先生の答えは「イエス」。英語だから、答えは「ノー」と言うべきか。とにかく、成文化された憲法はないということ。

 

もともと、どうしてこんな質問に至ったかと言うと、ヨーロッパの人々は、なぜ、自分の国の歴史を学ばないのかと言う疑問からである。わたしたちは、小学校の頃から日本の歴史を学ぶ。それも、縄文時代の3000~5000年前の歴史からだ。ヨーロッパは、いくら個々の国が存在していなかったとは言え、実際に、人は住んでいた訳なので、学ぶべき歴史は存在するだろう。なのに、彼等はギリシャ文明とかローマ帝国の歴史を学ぶらしい。

 

この質問は、いろいろな先生達にしている。カナダ人とかアメリカ人とかに。彼等は、もちろん、彼ら自身の歴史を持ってはいないのだが、答えはやはり「ローマ帝国」の歴史。そこで、歴史を持っている(と思われる)イギリス人の先生にも尋ねる。彼等の答えも、いつも「ノー」だ。つまり、自国の歴史は学ばない。今回の先生は、歴史自体を学校では学ばないと言った。わたしが、わたしが小学生の時は、週に3時間は歴史を学んでいたと言うと、非常に驚いていた。

 

彼の話では、彼が学んだ歴史は「第二次世界大戦」の事だけだと言う。第二次世界大戦の始まりから終わりまでだ。

 

「何故なの?産業革命とか、宗教改革なんかのことは学ばないの?」

 

彼が言うには、イギリスにはいろいろな人種の人が住んでいる。それを、中世からの歴史など、イギリス人の事を学校で教えると言うことは、国粋主義者と糾弾される。他の人々に対して、差別する事になる、と言うこと。

 

「それに、僕たちは、第二次世界大戦以外の歴史を恥じているんだ。唯一、この戦争だけが、世界を救ったイギリスの誇りある行動だ。」

 

つまり、彼等は植民地時代のことを恥じているらしい。イギリスが、世界を植民化した歴史だ。彼等は、世界の4分の1を支配したのだ。

 

以前、ドイツ人のご婦人たちに、マルタの英語学校で会った。彼女たちは、未だに、ナチやヒットラーのことを恥じていた。それで、フランスはどうなんだろうかと思い、彼にフランスのことは知っているかと聞いてみた。

 

「フランスは、自国に対し多大にプライドを持っている。彼等は、ルネッサンスの事やナポレオンの事を学んでいるよ。でも、第二次世界大戦の事は学んでないね。ずっと、占領されていた恥ずべき歴史だからね。」

 

 

歴史の授業はこんな事らしい。日本でも「恥ずべき世界大戦」のことは学校で教えないし、国それぞれで「事情」が存在するようだ。

 

 

もうひとつ「スノーデン事件」で気になったことも聞いてみた。イギリスでも盗聴していたということについて。記事で、英当局がガーディアンの資料を没収し破棄したが、ガーディアン紙は、「憲法で言論の自由を保障されたアメリカのデータを基に報道を続けた」という一文を見たのだ。それで、イギリスでは「言論の自由」は保障されていないのかを聞いてみたのだ。答えは、「保障されていない」ということ。

 

もう、二度ビックリ!民主主義と民主的議会のお手本のような国イギリスで・・・と。

 

 

どんな感想を抱かれますか。。。

 



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2013年11月16日土曜日

学校で「議論」をすると…


今、朝日新聞夕刊に『英語をたどって』というコラムが連載されています。連載「7」まで来ました。「日本の学校の英語教育はどうあるべきか」ということを検討し続けています。

 

連載1,2では、高校のディベートクラブが、世界大会に行ってどうだったかという話。

 

彼等の高校生は、優秀で、普通の英語授業はカッタルイ。それで、英語で議論をさせたら、ノッテキタ。英語そのものの発音とかは帰国子女にかなわないが、弁論はバツグン。それで、全国大会で優勝し、世界大会に行ったという訳。世界大会に行ってどうなったかと言うと、予選で、8カ国と戦って、1勝7敗。記事によるとこの「一勝」は快挙だと言うこと。日本代表として3年ぶりの勝ち星。

 

この世界との差は何かというと、日本の学校では普段から授業で議論をしない。下手に自分の意見をクラスで言うと疎まれる。「英語クラブで議論はできるが、うっかりクラスで議論をしようものなら友達がいなくなる」というのが高校生の感想だ。議論が当り前の国の住民と議論が特別な国の住民の違いかと、記事は分析している。しかし、大会でコテンパにやられた高校生たちは、大会後のパーティでは、明るく外国の生徒たちと談笑していたとのこと。

 

 

ここまで読んでわたしが思うには、詰る所、結局は文化の問題になっちゃうのね。でも、最後にパーティで、みんな談笑していたと言うように、どの国だって、日常的に議論しているわけではないのよ。少々の他国での英語学校経験から言いますと、クラスの授業としては(テキスト)議論を促す内容が多いけれど、その態で、他の生徒と授業後に会話をすると、「なんだ、お前は」という感じになっちゃう。一生懸命、話題を探そうとしていたら「政治問題が好きなの」とも言われた。つまり、ディベートとかクラスの中は日常ではない空間なのだ。

 

当然と言えば当然ですネ。学ぶ場所なのだから。と言うことは、「議論」と言う観点から考えると、英語の授業だけ議論している場合ではないでしょう・・・と思います。他の授業は、先生の言うことを拝聴するだけで、英語の授業の時だけ、「ハイッ、議論をしましょう」と言う事にはならないでしょう。となると、英語教育の問題は、学校の教育問題・制度の問題にまで行っちゃいます。

 

でもそこで、日本の文化(?)である「空気を読む」ということをしなかったら、先の高校生が言っていたように「友達がいなくなる」と言うことになってしまう。帰国子女が日本の学校で苦労するように、すべての学校のすべての教科で、クラスで「議論」を始めると、「日本文化の崩壊」という保守派(?)の議論がまきおこるカモ。「婚外子を認めると日本の家族制度が崩れる」と言った議論のように。論理の飛躍か???







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2013年11月11日月曜日

「スノーデン」、リーク事件について


CIA職員のスノーデンによるリーク事件は2013年5月に始まったらしいですが、わたしはその時にはあまり関心はありませんでした。よくあるスパイ・ストーリーだろうと思って。その後、ロシアに亡命だ、なんだかんだの報道もありました。安部首相も「アメリカが同盟国である日本を盗聴していないことは信じている」と宣言しました。しかし、事態は、どんどん悪い方向に進んで行くように思われます。それで、日本のことが話題になり始めてから、新聞記事のスクラップを始めました。

 

 

朝日新聞の11月5日の記事では、「米、日本・ブラジルも監視」とあります。

 

「米国家安全保障局(NSA)は、アメリカが経済的な優位を得るために、監視対象国に日本とブラジルを含めている。」とニューヨーク・タイムズ紙が報じていると書かれています。

 

外交的な優位を得るための監視活動では、ドイツやフランス、経済的には日本やブラジルと言うことです。NSAの海外拠点がイギリスやオーストラリア、日本、韓国などの米軍基地や在外公館内に置かれているということです。

 

同11月6日の記事では、

 

NSAの任務では、日本が経済的だけでなく外交政策や先端技術についても監視の対象となっているそうです。「Strategic Mission List という表題の文章があり、重要任務として16項目が明記されています。このうち「外交政策」では、中国、ロシア、フランス、ドイツ、日本、イラン、イスラエル、国連など19カ国・機関を対象にし、「新たな技術の脅威が見込まれる国」として、ロシア、中国、インド、日本、ドイツなどが挙げられています。また、「経済分野」では、中国、日本、イラク、ブラジルの4カ国、「持続的に監視する対象国」としは、中国を筆頭に北朝鮮、イラン、イラク、ロシア、ベネズエラの6カ国が挙げられています。

 

同11月7日の記事は、『英情報機関、独で盗聴か』というタイトルです。

 

「英国情報機関の政府通信本部(GCHQ)が、ベルリンの英国大使館を拠点にドイツ連邦議会や首相府の通信を傍受していた疑いが5日、英氏インディペンデントの報道で明らかになった」

 

英国大使館の屋上に白い円筒状の構造物があり、それが盗聴の拠点となる傍受装置とみられるらしいです。携帯電話や無線LANの通信を傍受できる可能性があるとのこと。英首相官邸の報道官はノーコメントを通しているようですが、欧州局長が英大使に事情聴取をし、「外交施設での通信傍受は国際法違反である」と指摘しました。

 

同11月10日の記事のタイトルは『機密報道、強まる圧力――英紙編集長、議会呼び出し』です。

 

英紙ガーディアンの編集長が12月に英議会の内務特別委員会に呼ばれ証言する事になったということ。英政府や与党の一部は機密の暴露を激しく批難し、報道への圧力を強めている模様。

 

「ガーディアンは英政府に資料を破棄させられたが、憲法で言論の自由を保障された米メディアと連携し、米国に保管されたデータをもとに報道を続けた」

 

「英当局は8月、スクープを連発した同紙コラムニストのパートナーをロンドンの空港で拘束し、内部資料の入ったパソコンを没収」

 

「キャメロン首相は10月、報道差し止めも辞さない構えを表明した。」

 

議会への呼び出しに対し、ガーディアンのラスブリッジャー氏は「国の安全や人名を危険にさらしたことはない。公益にかなう報道だ」と反論しています。

 

 

以上ですが、段々エスカレートしていく感じでしょ。日本政府も、今、「日本版NSA」の設置に励んでいるようだし、「特定秘密保護法案」も毎日のようにニュースで取り上げられています。以前、中国政府のハッキングとか、インターネットのセンサーシップなどについて、西洋諸国は非難を繰り返していましたが、同じ穴のムジナという態です。やはりこれは、高度に進んだインターネット社会の副産物でしょうか。SNSで「アラブの春」が起こったというような、市民にとって有意義な面もありますが、そのシステムを権力側(?)が握ったら、とんでもない世界が出現するということですネ。

 

『リキッド・サベイランス』という本があります。日本語の題は『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について』です。それによりますと、今や人々は自ら進んでプライバシーを明け渡す時代とか。例えば、ネット上で注目を集めるため、また、ソーシャルメディア上でたくさんの「イイね」を得るため。このネット過剰状況は、人々の連帯に寄与する以上に、人々の間の新たな斥力を生んでいるとのこと。「持つ者と持たざる者」の分断、そして、上述のような「情報を搾取する者と搾取される者」の関係です。

 

 



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2013年11月8日金曜日

『ヒトの変異』



この本はおよそ二年前に読みました。その時、ブログに感想も書いたと思います。それでもまた今回取り上げたのは、この頃世の中ちょっとヘンな方向に行っていませんか、って思うからです。「出生前診断」や「デザイナーズ・ベービー」の現実化です。

 

「出生前診断」は世界ですでに20カ国で実施されており、日本では2013年4月より、認定された施設での検査が始まっています。「新型出生前診断」と言われるもので、以前より検査方法が簡単になり、妊婦への影響も軽減されました。アメリカの会社の発明です。日本政府にも、この検査方法を認可せよとの圧力がかかった模様です。

 

「デザイナーズ・ベービー」に関しては、両親の唾液などに含まれるわずかな遺伝子情報を解析し、生まれてくる子供の目の色や背の高さ、がんなどの病気になるリスクを予測する手法の特許が10月19日までに米国で認められました。もちろん特許を取得した会社は、「遺伝子と健康に関する理解を高めるのが狙い。子どもを選別する生殖医療に応用するつもりはない」と言っています。しかしながら、世界のオピニオンは「受精卵診断は定着しつつあるが、子どもの遺伝的特徴を選別することは倫理的な問題が大きい」と批判的です。言ってはなんですけど、また、アメリカの話です。

 

 

「新型出生前診断」は、高年齢出産の人たちには拠り所になるかもしれません。しかし、結果を知って「どうするのか」、「どのように判断し、結論を出すのか」という決断が残ります。それ以上に、検査自体にどこまでの精度があるのかも問題です。まず、新検査法で診る対象はダウン症など三つの先天異常に限られています。そして、これらの先天異常を持った赤ちゃんが生まれる頻度は0.7%だそうです。この検査で異常が見つからなくとも、その他の先天異常を持って生まれる可能性はあります。また、お母さんが35歳の場合、検査の精度は約80%と言われています。

 

 

そこで『ヒトの変異』ですが、A.M.ルロウ氏著です。彼は、肉体的にパーフェクトで生まれる人はいないと言っています。人が生まれるたびに、ゲノムの何%かは、すでに変異しているからです。何%かの正確な数字は忘れてしまいましたが、「ヒト遺伝子の約65%には、それぞれ少なくとも一つの変異が発見される」ということです。つまり、親から受け継いだ遺伝子のうち何%かは、正常に受け継がれていないと言うことです。そのミューテイションの度合いが人により違うと言うだけの事です。人より筋肉が少し多かったり、乳首が四つあったりしても、実生活にはなんの支障もないですからね。と言うことは、この検査によって正常・異常のラインを引く事はとても恣意的なことなんだ、ということのように思われます。つまり、世の中に役立つ人を選ぶということ。

 

彼によりますと、

「在る変異がほかの変異より『優れている』か、どうかは、その変異が生殖成功度を高めるかどうかで決まる。」

 

生物の目的は繁殖ですからね。人類は、その人類の繁栄をめざして、高度な社会を作り上げてきた。自然選択により生き延びられない人も救ってきた。弱い遺伝子を持った人も、その遺伝子を残せるようになった。ですから、人類は、今ある遺伝子すべてに責任を持つべきだと思います。「その責任を果たすべくの」社会制度の充実を願ってやみません。

 

 


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2013年11月2日土曜日

スマホは、どうよ・・・・・。



わたしはケータイを持っていません。以前は持っていました。持っていた時も、これがわたしに必要なのだろうかと、常々思っていました。それで、バッテリーの故障(多分)でケータイが使えなくなった時、バッテリーを買い替えるより、ケータイをキャンセルしようと考えたのでした。

 

ケータイが出始めた頃、我々は「あんなもの普通の人に必要何かね~~~」と言い合っていたものでした。そもそも、必要な電話なんてそうそう掛かって来ませんからね。それが、周りの人間がどんどんケータイを持ち始めて、「お前も買え~、お前も買え~」とプッシュするのです。それでも長い間持っていませんでした。しかし、とうとう圧力に負けてしまったというわけです。

 

その後、持ち歩いてはいましたが、電話ではなくおもにメールが届きました。それから、外出している時に、電話に出られる状況というものはそうありません。だって、そうでしょ。電車の中ではメイワクだの、歩行中の使用はキケンだの、運転中の使用は法律で禁止もされましたから。他の人との会話中にケータイを使うのは失礼でしょ。なんだかんだで、ケータイを持ってはいるものの、家に置きっぱなしという状況だったのです。

 

ひとりの時に使えば~、と言う「声」が聞こえてきそうですが、人との待ち合わせの時間つぶしには、妄想が一番です。そういった隙間時間にいろいろな事を考えられますよ。人間、「水は低きに流れる」と申しますように、楽な、与えられた娯楽に走ってしまいますからね。

 

 

ところでスマホですが、どうなんでしょう。スマホはもう単なるケータイの領域から外れていますから。今のところ、まだまだそんなにケータイとの違いはなさそうですが(あくまで想像です。どちらも持っていないのですから)、最近のニュースでは、スマホを中心にして、いろいろな事が進んで行きそうです。

 

思いついたところで言いますと、

おさいふケータイ、

コインロッカーの使用に使う、

外出時に留守宅のチェックをする、

外から家の電燈を点ける、エアコンをONにする、などなど。

 

また、自動車が自動運転できるようになると、

自分の車を止めてある駐車場から、自分が居る場所にスマホで誘導する。

スマホによる管理で、自動車地域共同交通システムを整える。

 

最近の新聞記事の情報によりますと、新たな駐車場システムがもう実行可能だとか。つまり、マンションなどの複数の車が駐車されている駐車場で、スマホにより時間予約をしておくと、勝手に車が動いて充電スペースに向かい、自分で充電して元の場所に帰ると言うもの。ドライバーの手間を省き、その上夜間の安い電気が使えるんだそうですよ。

 

 

まだまだ、いろいろなことがスマホを中心として発達して行くでしょうね。個人情報なんかもスマホに集中して行くし、銀行アカウントはすでにありますから。それは、それは、便利な社会になるでしょう。そこで、「わたしはスマホを買うの?」と言うことです。スマホを買わないと時代遅れの人間になっちゃうの?と言うことです。スマホがないと誰も生きていけなくなっちゃうの?と言うことです。

 

そこに、危険も当然ありますよね。情報が一つのものに集中すると、それが壊れると全てがオシマイということになりかねませんから。何事もダイバーシティが必要ということです。ハッカーもいますし~~~。車がコンピュータで制御されている昨今、ハックされたら、運転者の制御不可能ということに陥ります。ブレーキも効きませんよ。ハンドルも乗っ取られちゃいますよ。スマホもハックされたら、人生すべてがハッカーの手のうちと言うことになるかも。さらに、アメリカが全世界の情報を盗聴しているという事実(あるいは事実ではないか)も鑑みて、「自分の足で歩く」という覚悟も必要かも・・・、と思う今日この頃です。

 

スマホはどうよ?

 




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