2015年6月23日火曜日

『百歳の力』あるいは『一〇三歳になってわかったこと』 篠田桃紅著


『百歳の力』は、数えで103歳になる篠田桃紅さんの自伝で、最近販売部数10万部を突破した話題の一冊です。度々新聞の広告で目にしていました。わたしは「自叙伝」なるものは基本的に好きではありません。他人の人生に興味がないからです。同様にノンフィクションの探検モノや回顧録等も好きではないです。ですから、この本を買う気は全くありません。

 

が、なぜここで取り上げたかというと、朝日新聞の書評欄の「著者に会いたい」というコーナーで彼女のことが書かれていたのを読んだからです。わたしの彼女に対する知識は、この記事で書かれていることのみですが、興味深いものでした。

 

もうひとつは、次回の英語トピックのクラスで話すのに丁度よいかなと。と言うのは前回の英語ブック・クラブでわたしが取り上げた本『The Dwarf』が皆さんの不快・不興をかったようなので、今回はもっと「ハートウォーミング」な話題にしようと考えたからです。しかし、篠田桃紅さんは世界的な画家。アーティストがハートウォーミングな訳はありません。やはり、ハードな方向に行っちゃうかも。「心あたたまる」お話はどうしてもわたしの性に合わないということでしょうか。

 




 

篠田桃紅さんは1913年、大正2年生まれです。102歳になる今も絵筆を取って美術家として創作に励んでいます。信じられない事ですね。彼女は文筆家としても評価を得ているようで、数冊のエッセイ集が出版されています。1979- 随筆集『墨いろ』で第27回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。朝日新聞の書評欄で取り上げられているのは、『一〇三歳になってわかったこと―― 人生は一人でも面白い』幻冬舎、20154月刊です。

 

この本は、歳を経た人のエッセイにありがちな「老成とか悟り」が書かれているのではなく、百歳にしてまだ達観できない彼女の若々しさが溢れているようです。この辺りが凄いですね。妙に悟って「うんちく」を語る人が多い中で。

 

「生きている限り、前とは別のものができる。この歳になってできることはある。昨日と今日は違うんですから」が、彼女の言。

 

幼少期から書道を嗜んでいましたがお手本の決まり通りに書くことができず、「わがままな子だと」言われ続けてきました。彼女は、「わたしははじめから、この線はお手本よりもう少し長く引きたいというところがあった。決まりの通りにすることが性に合わなかった。」と語っています。また、「お手本通りすることなど朝飯前ですが、それではつまらない。お手本をまねするのは複製を作ること。アートでは、まねしたものは偽物です。」とも。

 

人生でも歳を取ることは「クリエート」する事だと言います。人生にはお手本がありません。自分で考えて自分の人生を創造していかなければいけないからです。記者が「生きているかぎり人生は未完」と書いているが、完成に近づいている実感はあるのでしょうかと問うています。彼女の答えは、「人として何が完成なのかわかりません。この辺かなと思って辿り着いても、また先がみえます。」というもの。

 

この先が「みえる」というところが、またまた凄いです。「先はわからない」ではなく、進むべき道がちゃんと彼女の心の中に存在しているという事ですから。

 

 

ウィキペディアによりますと、こんな風です。

 

篠田 桃紅(しのだ とうこう、本名:篠田 満洲子1913年(大正2年)328日)は、日本の美術家。映画監督の篠田正浩は従弟にあたる。

日本の租借地だった関東州大連に生まれる。5歳頃から父に書の手ほどきを受ける。その後、女学校時代以外はほとんど独学で書を学ぶ。1950年から数年、書道芸術院に所属して前衛書の作家たちと交流を持つが、1956年に渡米。抽象表現主義絵画が全盛期のニューヨークで、作品を制作する。文字の決まり事を離れた新しい墨の造形を試み、その作品は水墨の抽象画=墨象と呼ばれる。アメリカ滞在中、数回の個展を開き高い評価を得るが、乾いた気候が水墨に向かないと悟り、帰国。以後日本で制作し、各国で作品を発表している。

 

一部抜粋です。






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