2013年8月30日金曜日

デザイナーベビー


今週の宿題(プレゼン)は少々難題です。以下のお題から一つ選んで反対か賛成か意見を開陳しなければいけません。

 

experiments on animals    /   euthanasia     /    military service

choosing the sex of your child   /   cloning   /   working from home 

the legalization of soft drugs     /    body piercing    /   banning hand guns

 

 

難題というのは、全然関心がないからです。敢えて言うなら、choosing the sex of your child  cloning でしょうか。他の課題は、「好きにすれば」という感じ。選んだ二つの問題も真剣に考えているわけではなく、ただ興味があります。

 

子供の「性」を生み分けることとクローニングは自然の営みの法則に反します。その他の問題は、安楽死のことは少々脇に置いて、自然の営みの法則に関係なく、人間の制度の問題としてどうなのか、というもの。自然の営みに逆らうと言うことは、その分、過重の責任が人類に課せられるということです。

 

「子供の性を生み分ける」は、デザイナーベビーの問題と言えますが、今、その倫理的問題でアメリカなどでも、「クローン」以上に懸念されています。つまり、クローンと違い、誰にでも手が届きそうな事柄だからです。

 

デザイナーベビーの前段階に試験管ベビーがあります。これが最初の自然の法則に逆らって、人類が子孫を作った例ではないでしょうか。はじめは、採取した精子を子宮内に入れるものでしたが、その後、活性の高い精子を選り分け、卵子と受精させてそれを子宮に戻すと言うように進化してきました。その後は、その精子の選り分け方が高度化し、デザイナーベビーの誕生と進んで行きます。最初の人工授精は、日本では1949年に初めて成功しました。現在では、年間約一万人の新生児が人工授精技術によって生まれているとされます(2012年、新生児約103万人)。体外受精は1978年に英国で成功、1983年日本で成功となっています。体外受精児が誕生してから、年々増加し、現在では、65人に1人が、体外受精によって、命を授かっているようです。何か前の数字と計算が合わないようですが、まあ、そんなところです。

 

 

わたしはこの事に関して、倫理的問題を追及するものではありません。それが自然の営みに逆らうことだから問題なのです。人類はあるいは生物は、この地球でこの法則に則り進化してきました。人類はこの法則に従って生き続けてきたのです。だから、誰も自分が死ぬことに対して文句を言わない。あるいは、言えない。それは、運命なのです。それが、この法則を壊すことによって、人類いは自分の運命に文句を言うようになる。なぜ子供ができないのか。なぜ、病気になってしまったのか。なぜ死ななければいけないのか。このような思いに、誰が全ての人に対して対処できるのでしょうか。全責任を負いきれるのでしょうか。現在の未熟な社会を見れば、そこで誰かは希望を叶えられ、誰かは叶えられないと言う、差別の構造が現れるのは必然です。

 

また、何についても一気に完全な技術を手に入れることはできないのだから、その進歩の過程においても未熟な技術の犠牲になる人が現れるであろうし、無責任な実験行為も行われるでしょう。実際、何年か前に「人工授精で生まれた子供に生殖能力があることが確認できた」と言う報道がありました。言いかえれば、人工授精を推し進めてきた人たちは、不完全な人間ができるかもしれないと言う可能性を無視して、この技術を進めてきたということです。

 

人類が責任を負いきれない技術の発現ということは、なにか原子力問題にも似て不気味な気がします。

 

あるいは人類は、自らの手で全てのものを支配しようと試みているのかもしれない。食べ物を改良する事、養殖する事、治水などなど自然の力を制御しようとすることを筆頭に、自ら自身をもということ。つまり、自らの生殖や生や死の問題をも。クローニングがその最終結論ではないでしょうか。それで、人類は自分の生や死を自然の営みに邪魔されることなく、コントロールすることが可能になります。ある人々はこれを第三の人類あるいは人類の第三世代と呼んでいます。これで宇宙ステーションにでも住めば、すべてを、自分の生死さえも、「人工」で手に入れることができる、最高の人類孤高の世界の出来上がりと言えるでしょう。

 

 




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