2013年8月13日火曜日

「行け行け」細胞

この間テレビを見ていたら、日本人には「行け行け」細胞を持っている人の割合が少ない、というコメントを聞きました。アジア人には比較的少なく欧米人は持っている人が割合多いと。行け行け細胞とは、つまり「積極的になんでも率先してし、周りの人をリードしていく」と言うことかな。そのコメントをした人は(名前は覚えておりません、女性の脳科学者です)「だから、最近日本の社会が欧米型競争社会になってきたことは日本人に向いているのかどうか疑問だ。」とおっしゃっていました。



わたくしもこのことは薄々感じてはおりましたが、科学的に証明できるとなるとスッキリして良いですね。以前、もう科学者の間では「DNA」の分析によってどの民族がどのような資質に恵まれていてどのような資質に恵まれていないということは、ハッキリわかっていると言うようなことを聞きました。しかしながら、公にされると種族差別の引き金になりかねないとの配慮から沈黙が守られていると。このことについて数年前に友達と話していたことがあったんですが、彼は「そんなこと公になってもいいじゃないか。どんな能力にも上下の差別はないよ。」と。もちろん、基本的にはどんな能力でも差別はないでしょう。でも、実際には「どうですか」って事ですよ。100mを早く走れる人と人類の役に立つ物を発明した科学者ではどちらが尊敬されますか。まあ、「究極の達人」ならどんな能力でも同じように尊敬されるでしょうが、そこそこ平凡な人の間では、いかが。



そこで思い出しましたマルタからの帰りのこと。以前にも書いたかもしれませんが、マルタからの帰りはフランクフルトでの一泊が必要でした。それで、そのホテルの近くで晩御飯を食べていた時のことです。セントラルステーションの構内のお惣菜を売っていて、カウンターがあって、そこでも飲めるといった感じのところ。きどったレストランはきらいなのでたいていはそんな所で食事してます。二つくらい離れた席にちょっとやり手のマダムというような人が座っていたのですが、その人が突然わたしに「チベット人か」と聞いてきました。



「違います。日本人です。」

「日本人か。わたしは以前、エアーホステスで日本にも何回も行った。東京、大阪、福岡・・・。今は、貿易の仕事でインドによく行く。」

「いいですね、インドですか。日本には行かないんですか。」

「日本にはいかない。日本は好きではない。」

「へ~~~、何故ですか。」

「性格に合わない。」



まぁ、このような会話がかわされた訳です。ふぅむ、そう言えば国によって定住している外国人の性格は違うな・・・と生意気なことを言って、比べているのは上海と日本だけなんですけど。日本で活躍しているいわゆる「外タレ」と言われている人たちも、日本の社会に合う人たちが生き残り、自然淘汰されていくとの事。ガイジンならなんでも稼げるというわけではない様子。ずいぶん前に「English Journal」で日本に住むことにした外国ミュージシャンの人が、「僕の性格は前に出よう出ようというところがないので、日本の社会に受入れられる。僕もそうしているのが心地よいので、日本に居ると安らぐ。」と書いていました。アメリカでいうと「ルーザー」ということになるのでしょうか。まわりの英会話教師を見ていても長く居ついている人は日本の風土にあっているという感じですね。



ですから結論といたしまして、わたしも背伸びせず自分の性格に合ったようにマルタに行っても暮していこう。頑張って主張しても足元をすくわれるのがオチ。DNAに逆らわず自然体でいくことにいたします。



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